■日本人の舌に脂を! 豚・鶏のメガ生産&消費が始まる
オーダーしたラーメンがトン、と目の前に置かれた。割り箸とレンゲを取りつつ、丼の中をのぞく。麺は太めの平打ち麺、具は海苔3枚にホウレンソウ、チャーシューを乗せるのが定番のスタイル。表面が茶濁しているのは、豚骨と鶏ガラを炊いた白濁スープに醤油だれを合わせた「豚骨醤油」スープだから。表面をキラキラ彩るのは、鶏を炊いた時に採れる「鶏油(ちーゆ)」だ。表面を覆って鶏のリッチな香りを鼻腔に届けつつ、ラーメンのルックスを艷やかにするビジュアル効果も見逃せない。
丼を目の当たりにしたところで、歴史を振り返ろう。家系ラーメンは1974年(昭和49年)、横浜市磯子区新杉田駅そばでオープンした『吉村家』を始祖とする。創業者は吉村実。脱サラ転身組で、創業前には「東京豚骨」を標榜したチェーン「ラーメンショップ」に籍を置いてラーメン作りを学んだと言われる。吉村は「東京でハマっていた、ニンニクたっぷりのラーメン」と、「九州・門司で食べた豚骨ラーメン」に魅せられ、東京系と九州系のいいとこ取りをしたハイブリッド濃厚ラーメンを構想。ラーメンショップで培ったスキルで、メジャーシーンにはなかった豚骨醤油味を開発し、ラーメンを繰り出していく。
70年代も、既に中盤。先述した「食のレジャー化」が進む中、日本人の食卓には肉と油脂が忍び寄り、食生活の西洋化は否応なく進んでいた。日本人の1日あたりの脂肪摂取量は、つけ麺創始の『大勝軒』がオープンした1955年(連載3回)は20.3g。背脂ラーメンの『ホープ軒』がオープンした1960年は24.7g。ガッツリ系の王者『ラーメン二郎』がオープンした1968年は44.6gと、右肩上がりでぐんぐんオイリーに傾斜。『吉村家』が暖簾を下げた1974年には51.6gに達している。動物性脂肪をどんどん摂取するようになり、脂ぎっていく日本人の唇。豚骨&鶏ガラの濃度、油分をブーストさせたラーメンが受け入れられる素地は「舌」からできあがっていたのだ。
さて、ラーメンに戻ってレンゲを手に取ろう。スープを口に運べば醤油だれのアロマが香り、口に含んだ濃厚な豚・鶏のエキスが味蕾を直撃する。家系ラーメンのスープ材料は豚骨×鶏ガラがスタンダード。大量の鶏ガラと豚骨を炊き込み、ゼラチン質とうまみ成分たっぷりのスープを仕上げる。
ガイドブック『ラーメン王 石神秀幸 東京・横浜厳選! 150店』(双葉社 1998年)を参照すると、90年代末の時点で既に吉村家は「1日豚骨1トン、鶏ガラ500羽」でスープを仕込んでいた。豚と鶏のうまみ成分を重ねて相乗効果をもたらし、肉食嗜好にヒット。醤油アロマを合わせて日本人のルーツにも訴求する。先鋭的でありながら万人受けも視野に入れる。このバランス感覚が秀逸だ。
さらに、彼は新味を提案し続けてきたイノベーターでもある。首都圏で近年注目を集める吊るし焼きの豚モモ肉チャーシューを初期から導入しており、その後も無添加醤油をいち早く採用した実績もある。先述の卓上調味料による味変の提案、香味油(鶏油)へのフォーカスもしかり。開祖としてあぐらをかくことなく、たゆみなくR&Dを継続する。この姿勢が吉村家を総本山たらしめ、いまだ長蛇の列を作るのだ。