ビジネスアイコラム

露の対北戦略担うキーマン大使

 韓国ビラは「わいせつ」画像と証言

 「ビラには最高指導者の夫人に対する、フォトショップで作成された、わいせつで侮辱的なプロパガンダが掲載されていた。それは、南北関係を破綻させる“最後の一撃”となった」

 ロシアのアレクサンドル・マツェゴラ駐北朝鮮大使は6月末、露イタル・タス通信のインタビューで北朝鮮による南北共同連絡事務所の爆破の理由を問われ、内幕の一部をこう明かしてみせた。金正恩朝鮮労働党委員長の妻、李雪主夫人のわいせつ画像を韓国の団体が散布したという証言は、瞬く間に各国メディアが転載し、世界中に知られることとなった。

 情報が乏しい北朝鮮の内情をめぐり、スポークスマンのように情報を発信したマツェゴラ氏。同氏はこの件だけでなく、これまでも繰り返し露メディアを通じ、北朝鮮の情報を発信している。彼の発言は一貫して北朝鮮寄りだが、その言動には北との密接な関係を武器に、国際社会での発言力を高めようとする露政府の意図が伺える。

 マツェゴラ氏は1978年にモスクワ国際関係大学を卒業。99年から外交に携わり、在北朝鮮大使館顧問などを経て、2014年から駐北朝鮮大使を務める。15年には北朝鮮から友好勲章も授与され、北朝鮮側の厚い信頼を得ている状況が伺える。

 そのマツェゴラ氏は今、米韓との関係悪化と歩調を合わせるかのように、露メディアを通じ、北朝鮮情勢をめぐる発言を活発化させている。

 米朝関係では5月20日、インタファクス通信とのインタビューにおいて、北朝鮮側からの過去数年の主要発言の意図を解説した上で、「米側は北朝鮮の新たな行動様式を受け入れる準備が全くなされていない」と断じた。北朝鮮による大陸間弾道ミサイル(ICBM)開発をめぐっても「どのような国でも防衛力を高める権限を持つ」と主張し、北朝鮮を擁護してみせた。

 北朝鮮国内における新型コロナウイルスに関する発言も特徴的だ。北朝鮮は、「感染者が一人もいない」と主張し、各国から懐疑的な目で見られている。

 しかし、マツェゴラ氏は「私は感染者がいないという情報の方が、より信憑(しんぴょう)性が高いと思う」と発言し、その理由として北朝鮮が早期から国境封鎖やそれ以前に入国した外国人に対する長期の隔離措置、学校閉鎖などの対応があったと解説した。さらに北朝鮮側の主張を疑問視する西側の国の大使と議論を交わしたと述べ、「北朝鮮の市民社会は、西側のそれよりはるかに我慢強い」と喝破している。

 焦点となった韓国側のビラ配布については6月29日のタス通信とのインタビューで明かした。「韓国側の非政府組織(NGO)による中傷ビラ配布はこれまでも行われてきた。昨年は10回行われた」と解説し、今回のビラは「指導者層のみならず、国民の間でも、激しい反発を招いた」と、韓国の団体が取った行動を糾弾した。

 マツェゴラ氏の一連の言動は、北との緊密な関係を、国際社会での自国の影響力拡大につなげようとする露政府の姿勢に沿うものだ。

 マツェゴラ氏は5月のインタファクスとのインタビューで、「露政府は米朝間の対話が極度に滞る事態を希望していない。ロシアと国境を接する地域において緊張が高まることは、好ましくないと考えるからだ」と述べた上で、「米朝間の協議はいずれ再開されると思っているし、その場合、北朝鮮、また米国に対しても、支援の手を差し伸べる準備ができている」と、米側に水を向けている。

 ロシアはプーチン大統領が就任直後、ソ連・ロシアの首脳として初めて北朝鮮を訪問し、国際社会で大きな注目を集めた。以来、北朝鮮と国際社会との間で緊張が高まるたびに北朝鮮に接近し、両者の橋渡し役を申し出ることで、朝鮮半島情勢の安定化にロシアが不可欠との立場をアピールしてきた。

 経済面でも、ロシアは朝鮮半島を横断するガスパイプラインや鉄道建設事業を推し進めようとするなど、対北関係の強化にメリットを見いだしている。

 そのような外交戦の先鞭(せんべん)をつけるキーマンの役割を担うマツェゴラ氏。北朝鮮寄りという姿勢を踏まえた上でも、極東情勢を見定めるために、注目すべき人物だ。(産経新聞大阪経済部 黒川信雄)

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