■文政権の政策は将来に禍根を残す恐れ
しかし、文政権は、これから労働市場に入ってくる若者のことよりも、すでに職を得た世代の利得が増えることを重視したといえる。そのために、同氏は企業から労働者への所得の分配(すでにある資金などの配り方を変えること)を重視し、自らの支持を増やそうとした。その結果、労働組合は、賃上げなどの待遇改善をより強く経営陣に求めはじめ、財閥系の大手企業などで労使の対立が先鋭化した。他方で、中小の企業の経営体力は削がれた。
また、韓国ではわが国以上に出生率が低い。若年層の雇用・所得環境の厳しさに加えて、経済の中心地であるソウルのマンション価格高騰、家計の債務問題などを背景に、韓国の出生率は低下基調で推移する可能性が高い。その展開が鮮明となれば、生産年齢人口が追加的に減少して内需は縮小均衡に向かい、韓国経済の潜在成長率は低下する可能性がある。
そう考えると、若年層よりも、労働組合や高齢者を重視した雇用、賃金政策を進めた文政権の経済政策は韓国経済の将来に禍根を残す恐れがある。
■前回大統領選では「財閥改革」に言及したが…
見方を変えて考えると、今後、韓国の若者が希望や夢をもって新しいことにチャレンジすることは、一段と難しくなるかもしれない。そう考える一つの要因として、依然として、韓国経済ではサムスン電子を筆頭とする財閥系の大手企業の存在感が大きい。
アジア通貨危機後、韓国政府はIMFのコンディショナリティ(資金支援の条件として課される条件)に従って財閥の解体を進めた。その結果、造船や自動車事業を中心にかつて韓国の財閥トップの地位にあった現代財閥は解体された。
しかし、いまだに財閥系大手企業は韓国経済に大きな影響を持っている。前回の大統領選挙の中で文大統領は財閥改革に言及した。しかし、その実行は、口で言うほど容易なことではない。むしろ、足許では半導体産業の国際競争力を高めて輸出を増やすために、文政権はサムスン電子の事業運営力を一段と重視している。それだけ、サムスン電子は韓国経済の成長に決定的な影響力を持つ。
■日本での就職を強く望む若者たち
サムスン電子などの財閥系大手企業に就職するために韓国では受験競争が苛烈化した。受験、就職競争を勝ち残ってサムスン電子など財閥系の大手企業に就職できた人は多くの利得を手に入れることができる。その一方で、財閥系大手企業に就職できなかった人は、満足のいく生活環境を手に入れることが難しい。その裏返しとして若者の就業意欲は低下し、長期の傾向として韓国の若年層労働力人口が減少した可能性は否定できない。
韓国では若者が将来に希望や夢を持つことはかなり難しくなっている印象を持つ。韓国からの留学生や若手ビジネスマンと話していると、わが国での就職を強く希望する人が多い。それは、韓国よりもわが国のほうが、より多くの選択肢に恵まれ、自らが目指す生き方を実現しやすいという思いがあるからだろう。
このように考えると、わが国政府は、労働市場の流動性を高めるために雇用関連の規制を改革し、若者や新しい、大胆な発想を持った人が、より積極的にチャンレンジする環境を整備すべきだ。それが、中長期的なわが国経済の成長と所得の増加に必要だ。
真壁 昭夫(まかべ・あきお)
法政大学大学院 教授
1953年神奈川県生まれ。一橋大学商学部卒業後、第一勧業銀行(現みずほ銀行)入行。ロンドン大学経営学部大学院卒業後、メリル・リンチ社ニューヨーク本社出向。みずほ総研主席研究員、信州大学経済学部教授などを経て、2017年4月から現職。
(法政大学大学院 教授 真壁 昭夫)