キャリア

トヨタ社長の“終身雇用発言”で透けた本音 人事のバイブルがヒントに

 実はその前段で豊田社長は「自動車産業は全体で15兆円の税収貢献している。これに対して1300億円減税された。(中略)国には納税産業ではなく、戦略産業としての視点を持ってもらいたい」と言っている。

 ここから類推すると政府に対して何らかのインセンティブを求めていることがわかる。

 つまり、豊田社長は「終身雇用によって日本の雇用を守っているのだから、それなりの優遇策を考えてほしい」と注文をつけているのであって、終身雇用の見直しを表明しているわけではない。

 また「会社を選ぶ側に幅が広がっている」と、終身雇用志向の人だけではなく、転職によるキャリアアップ志向の人が増えていることを認めつつ、今の日本の現状では「転職はまだまだ不利」と指摘。そのうえで「なぜ日本で終身雇用が成立しているのか」と、むしろその重要性を評価しているようにも聞こえる。

トヨタ人事担当者に読み継がれている『人事は愛!』

 そもそもトヨタの終身雇用は豊田社長の一存でひっくり返るような代物ではない。創業以来、会社を支え、受け継がれてきた理念である「人間性尊重」に根ざしているからだ。

 トヨタの人事担当者に読み継がれている『人事は愛!』という本(非売品)がある。

 著者は故・畑隆司元常務役員。トヨタのグローバル人事の礎を築いた人だ。畑氏はトヨタの人事管理の本質は「改善」と「人間性尊重」にあると言っている。

 そして雇用を守るだけではなく、給与などの労働条件の維持・向上も「人間性尊重」に含まれていると言う。こうしたトヨタの哲学は、欧米流の株主利益重視や雇用規制の緩和など、グローバル化の流れで逆風にさらされてきた。だが、逆に畑氏はトヨタの考え方は一つのモデルになると言っている。

 「成長の機会を提供する、あるいは家族まで含めて幸せにする、というようなことが必要ではないか。こういう考え方は、理論や経済学で説明することは無理かもしれないけれど、実際にトヨタはそういうことを70年間もやってきたのです。逆に言うと、我々はそういうふうに会社を捉えて、従業員と会社の関係を定義する以外に、経営の仕方を知りません。だから、今のグローバル化の流れに押されて、変なことをしてしまったら、我々の企業基盤そのものを失ってしまうのではないか」

を 終身雇用を含めて従業員を幸せにするという哲学がトヨタの企業基盤を支え、今日の隆盛を築いたという自負が感じられる。畑氏だけではない。バブル崩壊後大量リストラに走る経営者が多い中、「雇用を守れない経営者は腹を切れ」と発言した奥田碩元社長にも受け継がれている。

見直し・廃止論に走る前に企業が整備すべきこと

 こうした考えはトヨタだけではなく、終身雇用を標榜する多くの企業にも共通するものだろう。

 もちろん企業によって会社と従業員の関係について、さまざまな考えや哲学があってもいい。むしろそのほうが健全である。斜陽業種や、高収入の50代以降の社員が働かず下の世代に不満がたまっている企業の場合、社員の入れ替え・縮小などによる人員の刷新で生き残りを図らざるをえないこともあるだろう。

 しかし、「終身雇用の見直しが正しい、当然である」といった一部の意見をあたかも全体の趨勢のように扱うやり方は不公正かつ不健全ではないだろうか。

 仮に終身雇用を見直していくのであれば、これまで企業に依存してきた教育や能力開発の仕組みをどうするのか。

 ジョブ型採用からはじき出される学生や、途中で追い出される社員の再教育と就職のあっせんなど、雇用の流動化に対応した社会的セーフネットが不可欠になる。

 経団連は単に会長にアドバルーン的な発言をさせて終わりにするのではなく、経済界のリーダーとして終身雇用に代わる政策プランをパッケージとして提示してほしいものだ。(ジャーナリスト 溝上 憲文 写真=時事通信フォト)

Recommend

Biz Plus

Ranking

アクセスランキング