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親子三代の昭和書体が守り続ける、いま注目の毛筆フォント

吉田由紀子
吉田由紀子

 ここ数年、店舗の看板に筆文字を見かけることが多くなった。和のイメージで豪快な印象を与える筆文字は、看板だけでなく、あらゆるところに使われている。日本酒や焼酎のラベル、食品のパッケージ、映画や漫画のタイトル文字、テレビのバラエティ番組のテロップでもよく見かける。

 実はこれらの文字の多くは、書家が書いた筆文字をフォントにしているのである。製作しているのは、鹿児島県薩摩郡さつま町にある小さな会社、株式会社昭和書体。従業員わずか6名の会社が、日本全国で使用される筆文字フォントを手がけている。

 フォントというと、ゴシックや明朝などを思い浮かべる方が多いと思うが、一つのフォントを商業ベースに載せるには、約7000文字(常用漢字第1水準、第2水準)が必要である。現在64種類のラインナップを持つ昭和書体は、筆で一文字ずつ書いたものをフォントにしていくという大変な作業を経て、市場に出ている。

 筆文字を書いているのが、84歳になる書家の綱紀栄泉さん。息子の坂口茂樹さん、孫の坂口太樹さんの親子三代で作業を進めている。家族で分担することにより、通常2、3年かかると言われるフォントの製作が、半年程度で完了する。連携作業によって64種類もの書体を世に出すことができるのである。

 「誰も書ける人間がいなくなってしまうのか」

 この昭和書体が誕生した背景には、高度成長期以降の経済変化が大きく関わっている。

 綱紀さんは、1974年から続く看板屋で揮毫職人として働いていた。揮毫職人とは看板に直接、筆で文字を書く専門職だ。しかし、時代とともに伝統的な看板業は衰退を余儀なくされていく。

 「一時期は1億円以上あった売り上げが5分の1まで減ってしまいました。20人いた従業員も6名になってしまったのです。このままではいけないと考え、看板業とは関係ないことにも手を出したのですが、効果はありませんでした」(孫である代表取締役・坂口太樹さん、以下同)

 そこからいかに復活させていったのか。

 「2006年のことでした。当時取引をしていた北九州の看板資材屋さんが来訪されたときに、祖父・綱紀が書いた巻物を見せたそうです。すると『このような筆文字を書ける職人さんが減っているので貴重ですね』と感激されました。それを聞いた父は、『そうか、この文字を残さなかったら、誰も書ける人間がいなくなってしまうのか…』と不安になり、思わず『これ、フォントにします』と返事をしたのです」

 当時、達筆な筆文字を書ける揮毫職人は、ほぼいなくなっており、代わりにパソコンで製作する業者が増えていた。そんな折、社員の一人がフォント製作用のパソコンソフトを見つけてくる。それをきっかけにフォント化を始め、業態を大きく変えていく。

 「翌年に巻物の文字をフォント化した初めての書体『看板楷書、看板行書』を作りました。資材屋さんを通して全国に販売したところ、意外なことに200万円ほど売れたのです」

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