「努力」「頑張り」という言葉を手放す
この作品の魅力は、個性豊かな講師陣が、東大受験の対策法を伝授することである。中には、奇策のように見えるものもある。ユーチューブに英語で話す動画を投稿する、小学校の計算ドリルからやり直す、リスニング問題ではあえてメモをとらないなどだ。ただ、奇策のようで、実は入試を突破するために求められる能力を鍛えるものになっている。
ビジネスにおいても、一見すると奇策のようで、合理的なものが多数ある。このような必勝法を考えるのは有益だ。
やや昔話ではあるが、リクルートのグルメクーポンフリーペーパー『ホットペッパー』の立ち上げ期には「念仏」と呼ばれる考えがあった。これだけを唱えて実行していたら、目標を達成できるというものだ。たとえば「新人は1日25軒の飲食店に飛び込み営業しろ」というもの。これは、計算を重ねた結果、その数をこなすと経験が浅い人でも目標達成ができるし、スキルが上がるというものだった。
漫画版を読んでいて、私はこの作品に同種のものを感じた。受験生たちはみな「努力」「頑張り」という言葉を手放して受験に取り組んでいる。そうした言葉を使うと、充分にできない自分を責めてしまうことがある。それよりも「淡々と行動を繰り返し、経験をためる」ことの方が効率的である。淡々とやったところで、それが結果的に「努力」であり「頑張り」であることは変わらないのだ。
ドラゴン桜は「明るく楽しいブラック企業」?
もっとも、この『ドラゴン桜』的な世界観や方法はやや危険をはらんでいる。それは、同作品への批判で時折見られる「学力の本質とはそういうものじゃない」「東大受験をなめるな」「東大をバカにするな」といった類のものでも、「バカとブスほど東大に行け」という象徴的なセリフの錯誤感でもない。
私はこの作品は、「明るく楽しいブラック企業」を描いたものだとも解釈した。そう、これはブラック企業のメソッドではないかと。
前提として確認しておきたいのは、ブラック企業の中には従業員が楽しそうに働いている企業もあるということだ。活気に満ち溢れているし、いちいち達成感もある。成果を出せば、高額のインセンティブが支払われる企業もある。昇進・昇格も早く、若くして抜擢される。これらの企業は業績アップと、そのための従業員のモチベーションアップに過度に力を入れている。
「世間ではブラック企業だと言われるが、ウチの職場は最高だ」。こんな声を聞いたことがある人もいることだろう。そう、ブラック企業は、働いている人たちにとっては快適だったりもするのだ。冷静に考えると、かなり無理な仕事をさせられていることもあるのだが。
『ドラゴン桜』では、自信を持てない、成績もあまりよくない生徒を支え、確実に成績を伸ばし、彼ら彼女たちに達成感を味わってもらうことができた。ただ、昨今ではルールもツールも変わり、以前ほど気合いと根性型の努力が必要とされなくなった。「いつの間にか過度に努力してしまっている状態」は、これはこれで危ういのだ。『ドラゴン桜2』を読みながら考えてみよう 。
【働き方ラボ】は働き方評論家の常見陽平さんが「仕事・キャリア」をテーマに、上昇志向のビジネスパーソンが今の時代を生き抜くために必要な知識やテクニックを紹介する連載コラムです。更新は原則隔週木曜日。アーカイブはこちら。その他、。YouTubeチャンネル「常見陽平」も随時更新中。