目に見えない「困っている」を抱える当事者として
実は私自身、身体のことで「困っている」当事者である。色覚異常者なのである。よく、友人・知人や家族から「鮮やかな色の服を着ていますね」「髪の色が綺麗ですね」と言われる。いや、服を買うのは好きだし、10代の頃から髪には色を入れている。ただ、どうやら私が認識している色は、正確な色とは異なるようなのだ。
色に関して、噛み合わない会話をしてしまうことが日常的にあり、その度に、自分が見ている世界は普通ではないのだと認識する。たとえば、大学の入学式や卒業式、政府・自治体関連の仕事をするときのためにスーツを購入した際も「ダークスーツを買った」「黒いスーツを買った」と言うと、妻から「これ、とても鮮やかな青なのだけど」「黒ではなく、濃い紺なのだけど」と言われることがよくある。ガラケー時代に「このシルバーのケータイください」と店員に伝えたところ、「これはピンクなのですけど」と言われたこともある。ヘアカラーにしても、信頼しているスタイリストのオススメでアッシュ、バイオレット、シルバー、ピンクなどを気分で入れているのだが、他の人には私が思うよりもずっと明るく見えているらしい。
色覚異常者は、障がい者ではない。とはいえ、世の中が違う色合いに見えている。この目に見えない違い、たまに話が噛み合わないときに感じる疎外感を胸に生きている。
「かわいそう」論をこえて
さらに自分語りをするならば、私自身、身体が不自由な人だらけの家庭で育った。父は私が生まれる前から脳腫瘍のため身体が不自由で、39歳で他界した。私が小5のときに亡くなったわけだが、入院期間が長く、一緒にいた時間は短かった。祖父は人工透析をしていた。祖母は心臓が弱かった。この家庭を支え、私と弟を育て上げた母には心から感謝している。
もっとも、病気だった家族たちが不幸だったのかどうかについては、簡単には答えられない。楽だったわけがないとは思うが、不幸だと断じられるのか。病気や障がいは「違い」であり「向き合うもの」と捉えることもできる。
今さら健康な父や、ましてや今、生きている父を想像することはできない。右手しか動かないにも関わらず、本とペンを手にし続けた父は大変な想いをしたと思うが、それ以外の父が想像できないのである。
私が企業で人事を担当していた頃は、自治体が主催する障がい者の採用イベントに参加したこともある。そこには、自身の人生、宿命と向き合いつつ「働きたい」という想いを胸に、自分を売り込もうとする人たちの姿があった。胸が熱くなった。
病気や障がいと向き合っている人を単に「かわいそう」と捉えるのもまた違うと考える。私たちは常に何らかの環境的宿命と向き合っている。向き合っているものが違うのだと。その意味で、私たちは仲間なのだと。
パラリンピックについても、障がい者かわいそう論や感動ポルノとしてではなく、ありのままの勇姿とその物語、葛藤を目撃しよう。新型コロナウイルス・ショックが猛威を振るう中の開催の是非などを含め、考えよう。そして、さまざまな立場の人に対する想像力をはたらかせみてはいかがだろうか。
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