抵抗なくスっと入ってきて、楽に理解できることを認知心理学では「処理流暢性」と言います。処理流暢性は判断や評価に影響を与えることが明らかになっています。理解が難しいことよりも、楽に理解できるほうが真実だと評価されるという研究もあります(*1)。コマーシャルなどで何度も見せられると好感度が上がってしまう「単純接触効果」も、処理が楽になることでもたらされる効果の一つだと言われています。逆に、わかりにくいものは、好きになれないといった経験をしたことが、皆さんも一度はあるのではないでしょうか。
複雑でわかりにくい概念も、それを象徴する短い言葉、いわゆるネーミングによって身近に感じさせることができます。具体例としては、世界的ホテルブランドのザ・リッツ・カールトンがサービスの在り方や社員の言動を「クレド」として浸透させたケース、トヨタ自動車が、問題解決をするときに現場・現物・現実を反映して考えるということを「三現主義」として浸透させたケースなどがわかりやすいでしょうか。
もちろんネーミングにもデメリットがあります。以前、タレントの北野武さんがテレビ番組で「ストーカー」というネーミングに言及していたことがあります。北野さんの主張は「ストーカーなんて、カッコイイ呼び名にしちゃうから、悪いやつらが増えてしまう。むしろ恥ずかしい呼び名にすれば、犯罪は減るのでは」というものでした。いい意味でも、悪い意味でも、言葉を作ることで事象の存在が認められるのだなと感じたコメントでした。
最近「親ガチャ」という言葉がよく聞かれます。これによって所得格差や教育格差が浮き彫りになった気がします。残念なのは「親ガチャに外れた」というのが言い訳や諦めに使われるケースも出てきていることです。ジェンダー問題への蔑称など、ネーミングは、思っているよりも相手を傷つけてしまうこともあります。部下に対してネガティブなあだ名をつけることや、失敗を揶揄するようなネーミングは、自分で思うよりも罪深いことだと認識し、十分配慮するようにしたいものです。
言語化のプロセスとポイント
▼箇条書きで細かく
言語化するためには、まず思考の整理が必要です。自分が頭の中でわかっていることを、箇条書きでいいので書き出してみることから始めましょう。この段階では、表現方法は考えなくてよいので、質より量で細かく出していくのがお勧めです。書き出す作業が終わってから、伝えたい相手の理解度に合わせて、表現する言葉と具体例を選んでいきます。
▼ネーミングは「説明系」か「イメージ系」
場合によっては短くわかりやすく伝えることができる大事なエッセンスを抽出します。ネーミングに挑戦したい場合、初心者であれば「説明系」か「イメージ系」のどちらかで考えてみるとスタートしやすいと思います。説明系であれば「熱さまシート」「ガスピタン」など小林製薬の商品名、イメージ系であれば「スカイライン」「アルファード」など車の名前を参考にしてみてください。
▼数字で相対化
先ほど、数字を使うという話をしましたが、数字も相手にわかりやすく伝えるよう意識するのが大切です。例えば、OECD(経済協力開発機構)によると、日本の平均睡眠時間は7時間42分ですが、これだけでは長いのか、短いのか、わかりにくいと思います。そこで他の国の数字と比較してみます。
- アメリカ 8時間48分
- イギリス 8時間28分
- フランス 8時間50分
- 中国 9時間02分
- 韓国 7時間51分(出典/OECD2019)
こうしてみると、睡眠が短いのか長いのかイメージしやすくなります。
相手にわかりやすいよう、意識して言葉にしていく作業は、思考力や要約力を鍛えてくれますので、必ず自分の力になっていくものです。「このくらい、言わなくでも理解しろよ」という気持ちがあるかも知れませんが、自分のためにもぜひ取り入れてみてください。
参考文献
(*1)Reber, R., & Schwarz, N. (1999). Effects of perceptual fluency on judgments of truth. Consciousness and cognition, 8(3), 338-342.
【最強のコミュニケーション術】は、コミュニケーション研究家の藤田尚弓さんが、様々なコミュニケーションの場面をテーマに、ビジネスシーンですぐに役立つ行動パターンや言い回しを心理学の理論も参考にしながらご紹介する連載コラムです。更新は原則毎月第1火曜日。アーカイブはこちら