SaaS~変革のプレイヤー群像

「コロナ後」の日本経済再生に寄与 在宅勤務の必需品として導入加速

SankeiBiz編集部

 SaaSという言葉を目にしたことがあるだろうか。「Software as a Service(ソフトウエア アズ ア サービス)」の略で、「サース」あるいは「サーズ」と読む。SaaSはパッケージとして提供されていたソフトウエアをインターネット経由で月額の定額・従量課金サービスとして利用することを意味する。

 このSaaS。それとは意識されずとも、ビジネスの現場に浸透してきている。Word(ワード)やExcel(エクセル)などが使えるMicrosoft(マイクロソフト)のOffice(オフィス)365やGoogle(グーグル)のGmail(メール)、カレンダーなどの機能がまとめられたGSuite(スイート)などは多くのビジネスマンにとって身近な存在にちがいない。

 そしてコロナ禍に伴う在宅勤務でも、SaaSは必需品として一段と存在感を増した。Zoom(ズーム)やSkype(スカイプ)、Google Meet(グーグル ミート)といったWEB会議を実現するツールは、急速に知名度が向上した。

 国内でSaaS業界は勃興期にある。市場は急速に成長しており、投資家の注目を集めている。背景には、人口減による人材不足が足かせとなっている企業の生産性を向上させ、多様な働き方を進める上で、SaaS企業のBtoB(企業向け)サービスが大きな鍵を握っているとみられていることがある。コロナ終息後の「ポストコロナ」での日本経済の再生にも大きく寄与すると期待される。

 この連載では、注目のSaaS企業を取り上げ、日本経済を変革するプレイヤーとしての可能性を探る。第1回はSaaS企業のマーケティングプラットフォーム「BOXIL(ボクシル)」を運営するスマートキャンプの阿部慎平取締役COO(最高執行責任者)にSaaS業界の見取り図を語ってもらう。阿部氏はデロイトトーマツコンサルティングで大手企業の中長期の経営戦略や新規事業戦略のコンサルティングなどに従事した後、2017年3月にスマートキャンプに入社。営業や新規事業、人事などビジネス全般を統括する一方、広報活動の一環としてSaaS業界のレポート執筆も手掛けている。まさに業界の水先案内人だ。

 グローバル時代のベストプラクティス

 SaaSといわれてもピンとこない人も多いのではないか

 「SaaSはインターネット経由でITを提供するクラウドの一種だ。比較対象として意識しておきたいのが従来のオンプレミスといわれるもの。インターネット経由でITを使うのではなくソフトも自分たちで買い切ってインストールし、自分たちのパソコンなどの管理下に置いてアクセスするというのがオンプレミスだ」

 従来型のオンプレミスと比べてSaaSはどんなメリット、デメリットがあるのか

 「メリットの1つとして、初期投資が安くなる点が挙げられる。オンプレミスだとシステムを一度に買い切らないといけないので多額の投資となるが、SaaSはいわゆるサブスクリプション、利用した分だけ支払いをする定額制あるいは従量課金制だ。例えば、1部門で、まず3人分だけ使って月数百円から始めるというように、初期投資が抑えられる。ただ、中長期でみると、SaaSの方が高くなる可能性もある。従量課金なので、非常に多くの人が使ったり、かつそれをずっと使い続けたりするとトータルではもしかしたらSaaSの方が高くなるかもしれない。一方で、インターネット経由で使えるのでいつでも、どこでもIT環境にアクセスできて、仕事がしやすくなるというのはメリットだ。新型コロナウイルス感染症の拡大を背景としてリモートワークの導入が急速に進んだが、従来型のオンプレミスではいちいちソフトをインストールしたパソコンを用意する必要があるので対応が難しい。その点、SaaSだったらパソコンだけあれば、ID、パスワードを発行するだけで簡単にソフトが使えるので、リモートワークで大活躍する。あと、SaaSは更新性が高いともよくいわれる」

 どういうことか

 「オンプレミスだと1回買い切りで、また2年後、3年後に新しいバージョンが出て、一気に総入れ替えになる。これに対し、SaaSだとインターネット経由で最新版が常に提供される形式なので最新機能が常に反映されている。より良いものに都度更新され、その恩恵を受けやすい。SaaSはオンプレミスと違ってユーザーが実際に利用したデータがSaaS企業側に集まってくることから、ベストプラクティス、一番いい機能は何かというのを考えながら開発できる」

 セキュリティーについては?

 「秘匿性がかなり高いものだとオンプレミスの方がいいとよくいわれていて、金融業界のようなところではオンプレミスでないとダメという会社がいまだに多い。一方でSaaSの場合は、データをAmazon(アマゾン)やGoogle、IBMといった外部の企業が保有することになるので各社がセキュリティーアタックされたときに漏洩するリスクはある。とはいえ、そうした企業も最先端のセキュリティー対策をしているので、逆に1企業が対策をしているより強固なセキュリティーになっているともいえる。このほか、オンプレミスの場合ユーザーの業務に合わせてITをカスタマイズできるが、SaaSは、いろいろな人の利用データをもとに一番いい機能にしていくという考え方で作られているので、ユーザーはSaaSに業務を合わせた方が最先端の仕事の仕方を取り入れられるという考え方もある。これからのグローバル時代、変化の激しい時代を生き抜いていくためには、どちらかというとベストプラクティスであるSaaSに業務を合わせた方がいいのではないか」

 業界横断型と業界特化型

 どんなサービスがあるのか

 「Horizontal SaaS(ホリゾンタル サース)とVertical SaaS(ヴァーティカル サース)に大きく分けられる。ホリゾンタルは業界横断型で、特定の業務や職種に合わせたサービス。ヴァーティカルは業界特化型で、特定の業界に提供していくサービスになる」

 ホリゾンタルの具体例は?

 「ホリゾンタルは、例えば人事・労務といったHR向け、経理・総務といったバックオフィス向け、あとはマーケティング、営業などの職種向けでいろいろなツールがある。職種によらない全社向けではコラボレーション系のサービスとしてグループウェア、ビジネスチャット、ナレッジ管理などがあり、ほかに経営データ全体の可視化を実現するビジネスインテリジェンスといわれるものもある。コラボレーション系やマーケティング・営業系は外資のサービスが多い。グローバルで新しいコラボレーションの仕方、デジタルマーケティングなど、より高度な仕事がつくられて、そのためのツールが生まれて、それが日本に輸入されてきている。HRやバックオフィスは日本の商習慣が根強い領域なので、あまり外資は入ってきていない。HRでは、労務でSmart(スマート)HR、採用でビズリーチのHRMOS(ハーモス)、勤怠管理でDonuts(ドーナツ)のジョブカンなどがある。バックオフィスでは、マネーフォワードのマネーフォワードクラウド会計など、会計や経費精算、給与計算といったところが目立っている」

 ヴァーティカルは?

 「建設向け施工管理のANDPAD(アンドパッド)やatama+(アタマプラス)の学習塾向けパーソナライズ教材サービス、トレタの飲食店向け予約管理サービス、カケハシの薬局薬剤師向け管理サービスなどがある。一度、特定の業界に入ると口コミで広がりシェアが大きくなるので、ほかの機能も次々と提供していける利点がある」

 SaaS市場は急速に成長している

 「富士キメラ総研によると、国内のSaaSの市場規模は2018年度に4800億円ぐらいだった。それが2023年には倍近くの8200億円ぐらいになるといわれている。年率でいうと15パーセント前後で成長していて、成長スピードの速い業界だ。その分変化も激しい。グローバルでは、ガートナーのデータでは2018年で800億ドル、8兆円ぐらいから2022年までに1430億ドル、15兆円ぐらいにまで伸びていく。海外の方が成長スピードは速い。市場全体の6~7割ぐらいは米国。残りを欧米と、あとは日本でほとんどを占めるというのがSaaSのマーケットだ。国内では、ホリゾンタルSaaSの領域で大型の資金調達が進んでいる。昨年だと、マーケティングオートメーションツールを提供するフロムスクラッチが100億円を調達した。次いでSmartHRが60億円ぐらいで、モバイルアプリ開発サービスのヤプリは30億円ぐらい。2018年までを振り返ると、会計サービスを提供するfreee(フリー)が65億円、名刺管理のSansan(サンサン)が30億円調達していて、その翌年の2019年に上場している。大きく調達して数字を伸ばし上場するというのがSaaS業界で今多い。新型コロナをきっかけとして多くの企業がSaaSを活用せざるを得なくなった。今後さらに急速に市場が拡大していくと予想される」

 生産性向上と多様な働き方の促進

 今なぜSaaSが注目されているのか

 「ユーザー側でいうと、インターネット環境がしっかり整ったことでスムーズにSaaSが使えるようになった。さらにユーザーのITリテラシーも高まったので、ユーザーに受け入れられるマーケットになってきて伸びている。ビジネス側でいうと、SaaSを手掛ける企業は数字が読みやすい。ユーザーとどれぐらいの接点をつくり、どれぐらい契約できて、どれぐらい継続利用されて、どう売上がストックしていくのかというKPI(重要業績評価指標)がすごく読みやすい。基本的には1回契約すると多くは継続してもらえるので、期の始まりには7~8割の売上が確定しているという状態だ。投資家としては読みやすさゆえに投資リスクが下がるので、大きな資金調達が増えている」

 日本に普及する意義は?

 「日本は人口が減少していて、企業の間では人材の取り合いのようになっている。企業としては入ってくれた人に、いかに生産性を高くして活躍してもらうかが大事。その中でITを使うと生産性が10倍にも20倍にもなる。SaaSがきちんといいものになって、それを日本人が使いこなせるようになれば、一人ひとりのパフォーマンス、アウトプットが飛躍的に上がるだろう。多様な働き方が進むという点も普及の意義だ。副業や、本業を複数持つパラレルワーク、リモートワークなどが新しい時代の働き方として注目されている。それを実現させるには、例えば1人で動いているときに、ほかの人とコラボレーションしやすくしたり、会計の管理を楽にしたり、メールをもっと楽に使えるようにしたりするツールが必要になる。SaaSはまさに、そうしたツールだ。このほか、スタートアップが増える効果もあるかもしれない。SaaSがあれば、初期費用は安く人手もかからず、最先端の仕事の仕方で起業できる」

 コロナ禍に伴う在宅勤務でもSaaSは役立った

 「新型コロナ感染症の拡大を受けて、日本企業の多くが在宅勤務へと移行した。在宅勤務でも生産性高く仕事をするためには気軽なコミュニケーションを実現するビジネスチャットツール、オンラインでのスムーズな会議を実現するWeb会議ツールなどを上手に取り入れることが重要だ。また、これまで紙で行われていた管理業務の電子化が必須となり、電子契約や社内稟議・ワークフロー、経費精算、勤怠管理などのSaaSの需要も急速に高まった。特に電子契約の領域は4月17日にGMOインターネットグループが印鑑手続きの完全廃止を発表するなど、急速に電子化が進んでいくだろう」

 コロナ禍で日本経済も打撃を受けた。終息後のポストコロナでの日本経済再生にSaaSの普及はどう寄与するとみるか

 「在宅勤務への移行に伴いSaaSの導入は急速に進んだ。SaaSはそもそも業務の効率化・高度化を実現するツールのため、コロナ禍においてある種強制的に活用が進むことで日本企業全体の業務レベルが大きく引き上がると考えている。先述のコラボレーションや管理業務へのSaaS導入に加え、たとえば営業やマーケティング領域においてもデジタル化が進んでいる。結果として、ポストコロナでは一人ひとりの生産性が大きく向上し、限られた時間の中でより大きな成果をあげられるようになるだろう。また、リモートワークや副業も今まで以上に当たり前となり、優秀な人材が活躍する舞台もどんどん広がっていく」

 サービス連携でM&A進展

 最近の業界のトレンドは?

 「サービス連携だ。API(アプリケーション プログラム インターフェイス)連携と呼ばれる動きが当たり前になってきている。常にいい機能を作り続けるSaaSは、特定の機能で得意なプレイヤーが尖っていくビジネスモデルなので、すべての機能を1社がつくるというのは非効率。そのため、積極的に連携していく動きが見られる。一方でユーザー側としては一気通貫でいろいろな機能が連携していてほしいというニーズがあり、サービス連携が進み始めている。その流れでM&A(企業の合併・買収)も進んでいくと思う。マネーフォワードやSansanといったメガSaaSベンチャーともいえる存在が中心になって、さまざまなSaaS企業をグループ化し、強いプラットフォームを作っていく動きも進んでいくのではないか」

 SaaSビジネスを成功させるうえで何が鍵を握っているか

 「カスタマーペインを正しくとらえることだ。ユーザーがどういう課題を抱えているかを正しくとらえるということ。なんとなくSaaSビジネスを始めてしまうと、コンセプトがぶれてしまい、必要な機能の優先順位もつけづらく、いいサービスが出来上がらない。これに対して、きちんとユーザーの課題を理解して機能開発を適切な順番でできている会社は強い。SaaSは販売方法の正攻法もあるので、国内外の先進事例を学びながらベストな組織体制と営業体制を組んでいくことも成功するためには必要だと思っている」

 SaaS業界としての課題は?

 「中小企業に普及していくことだ。今は、東京のIT企業や大企業のように、ある程度ITリテラシーが高い企業にしかSaaSは利用されていない。そうなるとマーケットサイズも限られてくるので、これまでITを全然使ったことがない地方の中小企業にも普及していくことが業界全体の取り組みとして必要だと思っている。米国はITリテラシーが高いので自然とSaaSが広がっていく状態になっているが、日本はそうではないので、生産性という点でも差に表れていると感じている。日本全体でITリテラシーを高めていかなければならない。そのためにはイベントなどでの情報提供も行っていくのが大事」

 SaaSのプラットフォーム「BOXIL」

 SaaSの動きを踏まえて、スマートキャンプはどんな事業を展開しているのか

 「SaaSの比較サイトBOXIL(ボクシル)をメイン事業としている。いろいろなSaaSが掲載されていて口コミがついていたり、価格情報があったりと、SaaSの情報サイトになっている。そこにユーザーが来てくれて、どんなSaaSがあるのかを調べたり、簡単にSaaSの比較ができたり、資料請求をして実際にSaaSの導入を検討できたりというようなプラットフォームにしている。また、6月11、12日の2日間でオンライン展示会『BOXIL EXPO(ボクシルエキスポ)』を開催する予定だ。ユーザーがSaaSの情報によりアクセスしやすい環境を作っていきたい」

 今後、目指すところは?

 「われわれは『Small Company, Big Business』、組織の規模と事業の規模は比例しない、すなわち生産性が重要で、企業の生産性を高めていくというビジョンを掲げていて、そのために『テクノロジーで社会の非効率を無くす』というミッションでビジネスをしている。テクノロジー、ITを普及させ、結果として日本全体の生産性を高めていきたい」

SankeiBiz編集部 SankeiBiz編集部員
SankeiBiz編集部員が取材・執筆したコンテンツを提供。通勤途中や自宅で、少しまとまった時間に読めて、少し賢くなれる。そんなコンテンツを目指している。

人口減の日本経済にとって生産性の向上は喫緊の課題。SaaSはその切り札となり得ます。【SaaS~変革のプレイヤー群像】では、勃興期にあるSaaS業界のスタートアップ企業を追い、日本経済の変革の可能性を探ります。