コロナ禍に伴うリモートワークの拡大などを契機に、日本企業のデジタルトランスフォーメーション(DX)が加速してきた。菅義偉政権も官民のデジタル化を推進する構えで、こうした動きを追い風にできるかがSaaS(ソフトウエア アズ ア サービス、サース)企業には問われている。
注目のSaaS企業を取り上げ、日本経済を変革するプレイヤーとしての可能性を探る本連載。今回はバックオフィス支援のSaaS「ジョブカン」を展開するDonuts(ドーナツ)の執行役員でジョブカン統括責任者の石山瑞樹氏にジョブカンシリーズ急成長の秘密を明かしてもらうとともに、企業のDX進展という潮流にあって、SaaSをどう普及させていく必要があるかなど、今後の展望を聞いた。
Donutsはクラウドサービス、ゲーム事業などを手掛け、ジョブカンは最初のサービスリリースから10年を迎えて導入社数はシリーズ全体で10万社に達した。石山氏は2012年の入社で、ジョブカンシリーズをここまで育て上げた立役者だ。石山氏は「バックオフィス効率化と言えば、社内運用でもアウトソーシングでもジョブカンと言われるよう、全てのバックオフィス業務の負担を減らせるサービスにしていきたい」と、さらなる成長に意欲を燃やしている。
成功の目安「T2D3」を大幅に超える成長
ジョブカンシリーズはまさに急成長を遂げた
「シリーズが7サービスで、今年中に8つ目を出す予定。その7サービスの導入実績の合計は10万社となっている。最初の2年が10社程度で、その後は5倍、5倍、5倍、3倍、3倍、2倍、2倍、2倍というペースで伸びていて、成功の目安といわれるT2D3(3倍、3倍、2倍、2倍)を大幅に超えている。有料と無料を両方含んでいて、導入社数は有料に限っても万単位に達している。現在も1カ月当たり1000社以上コンスタントに有料でも入っている。導入希望のお問い合わせも5000社以上はいただいているという状態だ」
WithコロナでSaaSをめぐる状況はどう変化したか
「SaaS企業の時価総額が上がり続けていることからも分かるように、非常に期待されている領域だと感じる。また、クラウドという観点から見ても最近では大手企業や銀行などもAWS(アマゾン ウェブ サービス)を利用し始めたりと、オンプレミスからクラウドへの切り替えが進み、新たな時代がやって来たという印象がある」
この状況で、ジョブカンシリーズはどんな影響を受けている?
「トータルでいうとコロナ前も今も変わらないペースで伸びている。つまりプラスマイナス0の影響。理由は以下3パターンのニーズがプラスマイナス0だから、とみている。第一に、オフィスワーク系企業は出社不要や業務効率化の観点で、オンラインで作業完結できる方向で考える企業も多く、問い合わせも増えている。第二に、飲食、小売、観光業などコロナに影響を受けている企業は、そもそも仕事も減っているので、マンパワーでカバーできることも多く、効率化の優先順位は低い。かつ表面的なコストカットを行うのが優先で、解約や契約見送りも一部で発生している。第三に、同じく飲食、小売、観光業などで、2と矛盾する点はあるが、コストカットを実現するためにもシステムを導入しようという企業もある」
導入企業の分布図は日本の縮図
シリーズのサービス内容は?
「全体では、採用から入社、退職というところまで、すべてできるバックオフィスサービスという世界観を持っている。3年後のビジョンとして、100人規模の企業であれば、バックオフィスを1人で回せるよう自動化するというコンセプトでサービスを展開している。具体的には、採用管理、労務管理、勤怠管理、給与計算、ワークフロー、経費精算、BPOの7サービス」
競合他社と比べ、どんな強みがあると考えるか
「バックオフィス系のサービス1つ1つについて、それぞれがトップクラスとなるようなレベルで機能を開発して展開しているところが強みだろう。法人向けIT製品比較・資料請求サイトのITトレンドが毎年発表しているランキングでは、2019年の上半期で6サービス全部(※当時は6サービス)がそれぞれの分野で1位だった。2019年の年間ランキングでも採用管理だけが2位で、それ以外は1位。6サービス中5サービスが1位だった」
評価されたポイントは
「勤怠管理を筆頭に、各サービスの機能が圧倒的に多いことではないか。ジョブカンシリーズは特に対象となる業種業態を絞って展開しているサービスではなく、すべての企業を対象にしていて、機能数の多さで汎用性をカバーしている。実際、顧客の業種や、人数規模を以前調べたところ、ほぼ政府が公表している企業の業種割合や規模割合と一緒で、ジョブカンの導入企業の分布図は日本の縮図という感じだった」
売り上げを追わない、タテの営業体制
ジョブカンはもともと社内向けだった?
「そう。当社(Donuts)は2007年2月の創業で、DeNAの一期生である2人(西村啓成代表取締役と根岸心取締役)が立ち上げた。ウェブサービスを通じ、社会的に意味のあることで世の中にインパクトを与えていきたい、というところから始まっている。最初のうちは受託業務を手掛けながら、少しずつ自社サービスを展開していった。ジョブカンシリーズの第1弾のサービス、勤怠管理をリリースしたのは、割と早い時期で2010年だが、本格的に力を入れ始めたのは、『単車の虎』というゲームがヒットした後の2012年になる。そもそも、この勤怠管理サービスは、社内にインターンやアルバイトが増えてきて、手間のかかる勤怠管理も全部自分たちで自動化しようということで社内向けにつくったものだ。それを外部に売り始めたのは、『これだったら社外でも売れるのではないか』という周囲の後押しがあったことが大きい」
初めの2年間は売れなかったが、その後は破竹の勢いで売り上げを拡大していった。なぜこれだけの成長を果たせたのか
「基本的にはプロダクトとマーケティング、営業の3つをすべて強化するという目線で最初から取り組んできたことがあると思う。まず、プロダクトでは、例えば、勤怠管理でいうと、残業設定や休暇管理など表面上、こんな機能があるとうたうことは簡単だが、実際はより複雑な機能が求められ、それが足りないと導入してもらうには至らない。そこで、営業側から、ニーズのある機能をスピード感を持って直接、開発側に伝え、機能を日々アップデートするようにした。マーケティングに関しては最初1拠点当たり、初期費用5万円で月額500円という感じで売り出したが、すぐにプライシングを変えた。当時、ジョブカンの強みは勤怠管理とシフト管理で、両方使いたいユーザーもいれば、そうではないユーザーもいる状況だった。そこで、両方使えるプランと片方だけのプランという形で値段の変更を行い、手軽に導入できるようにした。それから、『残業管理ができます』『働き方の見える化ができます』『タイムカードの集計が楽になります』といったように、時代とともに訴求点を変えていった。あとは、ジョブカンはBtoBのサービスだが、BtoCで成功しているモデルを意識して、いろいろな取り組みを進めたことも大きい。当時、BtoBのサービスでは、アカウントは自動で発行できるものではなくてお問い合わせがあってから渡すのが通常だったが、自動でできるようにした。それはBtoCのサービスでは普通にできることだった。ほかには、ホームページの雰囲気もBtoCのサービスのように、やわらかいタッチに変えたら、反応も良かった」
営業面はどうか
「営業面に関しては、売り上げを追わないやり方で成長させてきた。具体的には、KGI(重要目標達成指標)を、プロダクトごとに売り上げではなく導入件数、社数という形で設定した。普通、サブスクリプション型のサービスは、例えば、1ユーザー当たり月額300円というサービスを社員10人の会社が導入した場合、売り上げは3000円にしかならないのに対し、1万人の会社なら300万円になる。つまり、規模の大きい会社が導入したら、それだけ売り上げも大きくなるが、規模の如何を問わず、1社は1社として営業の実績を評価するようにした」
それは、なぜ?
「サービスは100社によって100社の使い方がある。いろいろな会社に使ってもらえるプロダクトがいいプロダクトという判断軸にしょうと思ったのが1つ。もう1つは、大企業にこだわると、そうした企業は必要とする派生機能が非常に多いので、その対応に工数をとられてしまう。一方で、30~50人ぐらいの企業は、ほしい機能がそれほど多くないにも関わらず、その機能を開発すると、同じような課題を抱えている会社のソリューションとなり、例えば1万社にまで展開できる。売り上げをKGIにすると、1万人規模の会社から問い合わせがきたときに、そちらを優先しようということになってしまい、全部の企業、機能を網羅していこうという事業の方向性がぶれてしまう。社数を重視すれば、営業はみんな最初は小さいところから取りに行く」
営業の組織体制は?
「サービスごとに専属の営業マンを置く体制にした。普通、ジョブカンシリーズのように7サービスぐらいあると、1人の営業マンが7サービス全部を案内するという方が圧倒的に効率がいいので、たぶん、そうした体制になると思う。ただ、その場合、例えば『勤怠管理は目標の7倍売った。ほかは未達だけど、それはプロダクトに問題があるから』ということになりかねない。その営業マン自身は実績をあげているという気持ちになると本末転倒で、われわれは、出したからには、すべてのサービスを成功させる、そのために、きちんとしたプロダクトを提供するというのをモットーにしている。営業が売れないのはプロダクトのせいだといったらだれも、そのサービスにコミットしない。サービスが売れないとしたら、では、どういう機能があったら売れるのかきちんと顧客の声を聴いてフィードバックさせ改善できるようにするために、すべてのサービスごとのタテの営業体制にして、営業マンに、それぞれのサービスに対してコミットしてもらうようにした」
本業集中のニーズに応えられる
バックオフィスの支援サービスをSaaSとして展開する意義はどこにある?
「日本の労働人口の減少を踏まえると、企業の裏側をどう効率的に支えていくかが重要になる。これまでのオンプレミス型の管理ツールだと、基本的に中規模以上の企業でないと導入コストをかけられないというネックがあったが、SaaSだと、初期コストをかけずに月額の手ごろな料金で始められる。しかも、何かあれば、すぐに解約することもできる。これから事業を伸ばしていきたいという企業ほど、バックオフィスの間接コストを削って本業に資金を集中させたいところだろう。そうしたニーズにSaaS型のバックオフィス支援サービスは応えられる」
ジョブカンの今後の展開は?
「まず、海外でも使えるツールにしていきたい。実際に支社がある韓国やタイでもジョブカンは販売していて、韓国では売れている。海外でも通用するプロダクトだということはわかっているので、海外展開は視野に入れている。それから、たぶん今後、SaaSもモバイルに移っていくと思うので、作業がモバイルで極力完結できるようなレベルのプロダクトにしていきたい。あとは、AI(人工知能)での分析も力を入れていきたい。たとえば、どんな人が採用されて、その後、どういう働き方をして、どう評価されているのかというようなことを適切に分析するサービスを企業に提供するといったことが考えられる。DXを検討する企業の中には、選択肢としてアウトソーシングを推進してスリム化していくところも増えていくと思っているので、アウトソーシング事業にも力を入れていきたい」
SaaSの普及は日本経済にとってどんな意味があるのか
「SaaSが広がることで、どこでも働けるような多様な働き方が実現できる。それと、人が感覚で管理していたものがしっかりと適切に行えるようにもなるだろう。定性的なものが定量化できるようになることで、無駄な過ちがなくなってくる。ほかに、例えば、労務管理の領域は専門性が必要だが、それを担える人がいない場合、SaaSを使えば、だれでも一定水準以上の業務をこなせる。つまり、人間がそんなに注力しなくていい領域を標準化して、より少ない人件費でカバーできる。使い手が多くなればなるほどデータがたまって、業務をさらに洗練させていくことも可能だ」
普及に向けた課題は?
「SaaSが盛り上がっているのはまだ首都圏と、地方の中でも一部にとどまる。地方での利用をどう広げていくかが課題だ。SaaSは難しいと思われている傾向があるが、使いやすくてリーズナブルで、効率的という成功体験を顧客に与えて抵抗感をなくしていく必要がある。まずは勤怠管理のSaaSを普及していくことがいい入り口になると思う。どんなにITリテラシーのない企業でも残業の見える化など管理をしっかりすることが国の法律でも求められている。勤怠管理でSaaSに慣れてもらい、ほかのSaaSのツールも使ってみようということになるよう、尽力していきたい」
人口減の日本経済にとって生産性の向上は喫緊の課題。SaaSはその切り札となり得ます。【SaaS~変革のプレイヤー群像】では、勃興期にあるSaaS業界のスタートアップ企業を追い、日本経済の変革の可能性を探ります。アーカイブはこちら