TMIP通信

スタートアップや新規事業の社会実装はなぜ難しいのか

 「スタートアップや新規事業の社会実装はなぜ難しいのか~日本型の社会変革へ向けて~」をテーマに今年6月、オンラインでTMIPセミナーが開催されました。

 今回のイベントは、Coral Capitalの西村賢氏が発表した「なぜUber配車サービスは日本で失敗したのか?」というコラムをきっかけに開催されました。本コラムでは、日本における新技術やサービスの社会実装が難しいことやその背景、乗り越えるための課題が指摘されています。

 西村氏は本コラムにおいて、FoundX ディレクター馬田隆明氏の著書「未来を実装する-テクノロジーで社会を変革する4つの原則」より、「日本における(新技術やサービスの)社会実装に不足していたのは、社会の変え方のイノベーションであった」という主張を引用しています。

 そこで今回は、西村氏と馬田氏に加え、実際に新技術・サービスの社会実装を実現された株式会社Handii代表取締役兼CEOの柳志明氏、WHILL株式会社取締役兼CTOの福岡宗明氏をお招きし、その実体験に基づきお話しいただきました。

 補完的イノベーションが必要

 まずは西村氏から、「日本とアメリカのイノベーションの起こし方の違い」について語っていただきました。

 「日本は法律ありきで、それを破ってはいけない社会です。一方アメリカは多少法律を破ってでも新しいビジネスモデルを既成事実化し、社会実装しようとする点が、シリコンバレーを取材していて感じた大きな違いです」

 こう語る西村氏が例として挙げたのは、AirbnbやUber、最近だとアメリカで立ち上がったフードデリバリースタートアップの「Shef」です。Shefは移民の方々がつくる家庭料理のフードデリバリーサービスです。日本なら食中毒や関連規制の懸念から、容易に実現しそうにないアイデアですが、2021年6月に20億円の資金調達をしていて、「イノベーションの起こし方が違う」と実感したと言います。それに対し、日本は「スタートアップのような新興企業が新技術・サービスの社会実装するためのイノベーションの方法が、まだ広く確立されていないのではないか」と続け、日米の違いを指摘しました。

 西村氏から引き継ぎ、馬田氏がアメリカと日本のイノベーションの起こし方の違いの理由に挙げたのは、採用する法律の違いでした。「アメリカが採用する英米法は『やってはいけない』というネガティブリスト、大陸法は『やってもよい』というポジティブリスト。そのため、大陸法の日本では、法律を変えない限り新しいことが実装されにくいという前提があります」

 そこで必要となるのが、技術的なイノベーションだけでなく、法制度や社会規範、仕組みの変化を促す補完的イノベーションだ、と馬田氏は指摘します。従来は民間企業が技術的イノベーションを、政府が補完的イノベーションを主に担当していたものの、ここ30年の間に、公務員の削減などで政府が担っていた補完的イノベーションのリソースが不足していると馬田氏は続けます。そこで「民間側は従来以上に政策に関与する必要が出てきています」と、時代の変化を踏まえた新たな方法の模索が必要と続けました。

 社会実装の方法論を学ぶ

 ここからは、西村氏を司会に、実際に新技術の社会実装を実現された柳氏と福岡氏も参加しパネルディスカッションが行われました。

 柳氏が代表取締役兼CEOを務める株式会社Handiiは、プリペイド式の法人カードクラウド発行・管理サービスを提供しています。本サービスを利用することで、法人は最大15億円まで決済のためのデポジットを行うことが可能になります。

 新たな金融サービスの事業化には監督官庁への登録が必要ですが、本サービスは過去に前例のない金額規模であったこともあり長い時間を要しました。当初、本サービスにおける残高上限額を150億円として申請していましたが、明確な回答を得られないままプロセスが進まない状況が続いていました。また、ガイドラインや法律にも上限額の明記はありませんでした。

 「最終的に15億円に修正したら通りましたが、いくらまでなら良かったのかはいまだに分かりません。明確に金額を示して欲しかったんですけどね」。

 柳氏は、監督官庁への登録プロセスが遅滞した理由は残高の高額化によるリスク回避なのではと推測しています。当時のやりとりの経緯を、「私たち自身も新サービス実装のためのプロセスを設計できていれば、先方ももう少し腹を割って話すことができたのではと思っています」と、振り返りました。

 続く福岡氏は日本だけでなく、海外でも新製品・サービスを実装していますが、「日本だから難しかったと感じたことはありません」とご経験をお話しいただきました。

 福岡氏が取締役兼CTOを務めるWHILL株式会社では、電動車椅子を取り扱っており、日本だけでなく海外でも販売しています。現在は自動運転技術を用いた新サービスを羽田空港や慶應義塾大学病院などで展開しています。

 電動車椅子はヨーロッパだと医療機器と分類されますが、日本では福祉機器という他の国にはないカテゴリーに分類されます。福祉機器の製造販売は規制がそこまで多くないのですが、携帯回線を用いたIoT機能を搭載したモデルの介護保険適用を求めたところ、承認されなかったといいます。

 携帯回線を用いたIoT機能は、電動車椅子に問題が発生したときに迅速な状況把握と対応を可能にするためのものでした。これにより、顧客の満足度を向上させるだけでなく、サポートが効率的になることで社会的コストも削減できると見込んでいました。しかし、福岡氏は「有識者による委員会では好意的な意見も出ましたが、結果としては承認されませんでした。実際に会議を傍聴していましたが、あれ?IoTの議論が突然終わったけどこれは否決されたということ?という内容で、承認可否のポイントは分かりませんでした」と話します。

 福岡氏のコメントを受け、話題は省庁の縦割り組織に横串を刺すとしたら何を求めるのか、という内容に移りました。柳氏は各省庁に問い合わせても個別回答ばかりで、全体像の把握が困難という問題を指摘しました。「デジタル庁などで横串を刺すのであれば、各省庁の法律をトータルで見た上で検討が進められる形にしてもらえればと思います」と希望を述べると、全員から賛同の声が上がりました。

 では、今後どのような方法で新規事業の社会実装は実現可能なのでしょうか。最後にそれぞれの意見を伺いました。

 「日本は、人と人との関係で成立してきた側面がある国です。社会実装のためには、官民学の壁を越え、話せるような関係性を一人でも多くの相手と作っていけると良いと思います」(柳氏)

 「官公庁の中でも、完璧に法律を運用するチームもあれば、新しくチャレンジしようとしているチームも存在します。後者が省庁全体への働きかけを目指してくれると嬉しいですね」(福岡氏)

 「社会実装の方法論については私たちも学んでいくしかないですし、それは民間も官庁も同じだと思います。ルールが良い方向に変わったら賞賛されるような仕組みを取り入れるだけでも変わっていくのでは、と思います」(馬田氏)

 今回のイベントを通じて、新技術やサービスの社会実装の難しさについて理解が深まり、特に、行政を巻き込みながら推進する際の日本ならではの課題および乗り越え方について重要な示唆が得られました。

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