【Fromモーニングピッチ】宇宙産業はSDGsの動きも後押し 国内市場の停滞打破はベンチャーが鍵

2021.9.24 06:00

 デロイトトーマツベンチャーサポート(DTVS)です。当社はベンチャー企業の支援を中心に事業を展開しており、木曜日の朝7時から「Morning Pitch(モーニングピッチ)」というイベントを開催しています。毎週5社のベンチャーが大企業の新規事業担当者や投資家らを前にプレゼンテーションを行うことで、イノベーションの創出につなげるのがねらいです。残念ながら新型コロナウイルス感染症(COVID-19)対策のためオンライン開催となっていますが、いずれ会場(東京・大手町)でのライブ開催に戻す予定です。

 モーニングピッチでは毎回テーマを設定しており、それに沿ったベンチャーが登場します。ピッチで取り上げたテーマと登壇ベンチャーを紹介し、日本のイノベーションに資する情報を発信する本連載。今回は宇宙です。

 国家主導から民が主役に

 2010年までの宇宙産業は国家主導の宇宙開発と科学探査の目的が主で、民間企業は限られた一部が関わるだけでした。しかし、直近の10年で構造は大きく変わってきています。その理由の一つは、宇宙輸送サービスを行う米スペースXに代表されるユニコーン(企業価値が10億ドル以上の未上場企業)の出現です。これによって“民主化”が進んだほか、GAFAをはじめとした様々な領域の企業が参入し市場のすそ野が急激に拡大しています。また、イノベーションも活発に行われ、構造変化を促しています。

 実際、宇宙産業の世界市場は右肩上がりで成長を続けており2020年は4470億円ドル(約49兆円)と、2010年比で約1.6倍の規模にまで拡大しました。

 一方、国内市場は3000億円程度で停滞しています。ユニコーンが出現していないことや宇宙機器の活用があまり進んでいないことが要因ですが、伸びる可能性は大だと思っています。

 成長の余地が大きい低軌道と月

 成長の余地が大きい領域は地表から100~2000キロに相当する低軌道と月です。ジェフ・ベソス氏(米アマゾン創業者)とリチャード・ブランソン氏(ヴァージン・グループ創設者)が宇宙船を打ち上げましたが、飛行したのは100キロという低軌道圏です。

 低軌道の分野で注目されているのは地球に多数の衛星を張り巡らせてインターネット網やデータ観測網を構築する衛星コンステレーションです。もうひとつが合成開口レーダー(SAR)衛星です。従来の光学衛星では見えなかったものが確認できるようになり、悪天候や夜間といった状況下でも観測が可能です。

 一連の技術は様々な分野で利用され、イノベーションを生み出しています。衛星コンステレーションは北極・南極圏を除く全世界を対象に、高速通信を低遅延で提供できるようになりました。SAR衛星は自動車工場の駐車場の状況を把握できるため、工場の稼働状況や自動車会社の売り上げを事前に予測することも可能です。

 SDGsとも密接にかかわる

 宇宙産業はSDGs(持続可能な開発目標)とも密接にかかわってきます。「気候変動に具体的な対策を」や「海や陸の豊かさを守ろう」といった目標を達成するには、都市や森林、海の状況をきめ細かく把握した上でイノベーションによる対策が必要となってくるからです。

 月では究極のサステナビリティが求められる環境を実現するため、再生エネルギーシステムの開発・実証拠点として利用する計画が進められています。このプロジェクトも「エネルギーをみんなに、クリーンに」というSDGsの目標とつながっています。

 今後20年で2.2倍に拡大

 宇宙産業の国際市場は、2040年には1兆ドル(約110兆円)に達すると予測されています。今後20年間で2.2倍の規模に成長する見通しです。

 世界の宇宙ベンチャーに対する投資額も増えており、2020年には76億ドル(約8400億円)に達しています。こうした動きを裏付けるように、米国では宇宙ベンチャーが相次いで上場を果たしています。日本でも宇宙ベンチャーが大型の資金調達を相次いで発表しています。今回は地球データや月の探査・開発といった領域から5社を紹介します。

 データをAIで評価、農産物の生産性向上へ

 地球観測衛星データを活用した土地評価サービスを提供しているのが、JAXAスタートアップに認定されている天地人(東京都港区)です。人工衛星による各種データを最新のAI技術によって評価し、気候変動による影響を軽減することで農産物の生産性向上が可能となります。今後は農業ソリューションだけではなく不動産やインフラ、保険金融、物流といった業界で事業拡大を図ります。

 データとSNSで的確な自然災害情報

 衛星データのAIによる自動解析に取り組んでいるのがスペースシフト(東京都千代田区)です。地球温暖化に伴って世界各地で自然災害が深刻化しているのに対応し、データの解析情報にSNSの情報を組み合わせることで広範囲かつピンポイントな災害情報を把握できるようにしています。とくにSAR衛星のデータ解析に力を入れています。

 水を推進剤とした小型エンジン

 現在の衛星のほとんどにはエンジンに相当する推進機が搭載されておらず、行動が制限されています。推進機には安全性とサステナブル、低価格という条件が求められ、水を推進剤とした小型エンジンはこれら3点を満たすため、今後の衛星に必要不可欠なものとなるでしょう。同タイプのエンジンを提供しているのが東大発ベンチャーのPale Blue(千葉県柏市)です。低電力で使用でき、燃費の良さが特徴です。

 2031年には1000人を宇宙へ

 PDエアロスペース(名古屋市緑区)は再使用が可能な宇宙往還機による宇宙輸送サービスを計画しており、次世代有翼ロケットの開発によって、宇宙旅行や大陸間の高速輸送、衛星の軌道投入などを目指しています。宇宙往還機の特徴は大気の環境に応じてジェット機、ロケットの2パターンで飛行可能な点です。2027年に本格的に事業を開始し、2031年には年間1000人を宇宙へと運ぶ計画です。

 2022年に月面着陸

 2040年に月面に1000人が暮らし、年間1万人が旅をする世界を目指して月面ミッションに取り組んでいるのがispace(東京都中央区)です。プロダクトは月の着陸船と月面探査車です。2022年には民間企業の固体電池や変形型のロボット、カメラなどを搭載し月面への着陸を目指します。2023年には月面着陸と探査を目標に掲げています。また、地球と比べて低重力である月の環境を生かした新素材の開発や創薬も検討しています。

 宇宙産業の国際市場が成長するための原動力は、イノベーションによって誕生する新たな宇宙利用です。その主役を演じるのは宇宙ベンチャーといっても過言ではないでしょう。

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森智司(もり・さとし)

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東京大学大学院新領域創生科学研究科。大学院では航空宇宙分野の研究(流体解析・機械学習を用いた極超音速飛行体の形状設計が専門)を行い、修士号を取得。デロイトトーマツベンチャーサポートに新卒で入社し、現在は国内宇宙ベンチャーの支援や海外ベンチャーの調査、大企業の新規事業立ち上げを支援。官公庁主催による起業家育成プログラムの支援などに従事。

【Fromモーニングピッチ】では、ベンチャー企業の支援を中心に事業を展開するデロイト トーマツ ベンチャーサポート(DTVS)が開催するベンチャー企業のピッチイベント「Morning Pitch(モーニングピッチ)」が取り上げる注目のテーマから、日本のイノベーションに資する情報をお届けします。アーカイブはこちら

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