【ニュースを疑え】「この世に理想郷はない」 外国人労働のあり方、京都古刹の住職に聞く
「目先の都合に振り回されていますね」。京都にある真宗佛光寺派の古刹(こさつ)、大行寺で第9世住職を務める英月さんが指摘した。今年4月に始まる外国人労働者の受け入れ拡大に対してだ。海外からの労働力を活用して人手不足を解消するか、経済の豊かさを犠牲にして古き良き日本の伝統文化を守るのか。仏教の教えに基づけば、そんな二項対立の問題ではないのだという。米国で外国人労働者として暮らした異色の経験も踏まえて、考えを語ってもらった。(小野木康雄)
〈改正出入国管理法に基づく新たな在留資格が今年4月に創設され、日本はこれまで認めてこなかった単純労働の分野で外国人労働者を受け入れる方針に転換する〉
--一連の問題に関する報道を、どう見ていますか
「よく使われるようになった外国人材という言葉には、違和感を覚えます。人ではなく、物としてみていますよね。当てにできる、使える、日本人が嫌がる労働を安い賃金でしてくれる。そういう思惑が透けていて、失礼です。単純労働という言葉にも、見下している響きがあります」
仕事ができれば御の字
--英月さん自身も米国で外国人労働者だった経験がありますね
「はい。私は29歳のときに渡米しましたが、家出同然だったので、すぐにお金が尽きてしまいました。当初は英語を満足に話せず、カンボジア人の知り合いに紹介してもらい、なんとかカフェの店員として働けました。仕事ができれば御の字。パンのひとかけが口に入るありがたさを、身にしみて知ったんです」
「それからいろいろな仕事をしながら10年近く暮らしましたが、大変だったのは査証(ビザ)でした。合法的に滞在していても、何か不都合があれば国を出ていかなければならないというストレスがあった。大きな家具は買えなかったですね。借り物の時間を過ごしているような感覚でした」
--日本で働く外国人にも、似たように感じている人はいるかもしれません
「お前は何者か」
「日本に来る労働者は、お金や夢といった祖国ではかなえられない何かを求めているはずです。ここではないどこかに理想郷があると信じている。けれども、日本で幸せになれるかというと、たぶんなれません。同じように、日本人にとっても、外国人に来てもらいさえすれば幸せになって日本が理想郷になる、とはいかないはずです」
--なぜ、そう考えられるのですか
「世間の都合に振り回されると、いつまでも現状に満足することがないからです。私は両親にお見合いを勧められるのが嫌で米国に行ったのですが、つらくて苦しかった過去も、そのおかげで現在があると思えれば、キラキラしてくる。反対に現在の自分に本当に満足することがなければ、過去にも未来にも不満を抱えてしまいます」
「天台宗の宗祖、最澄は『国宝とは何物ぞ。宝とは道心なり。道心有るの人を名づけて国宝と為す』という言葉を残しました。道を修めようとする心を持つ人こそが、国にとってなくてはならない存在だと説いたのです。一人一人が置かれた立場で精いっぱい輝くことが、国を輝かせることにつながるのだと思います」
--外国人との共生によって、日本人のありように変化はあるでしょうか
「米国は世界中から人が集まる移民の国ですので、私は住んでいた当時、常に『お前は何者か』という問いを突きつけられている感覚がありました。外国人労働者が増えてくると、日本人も日本で暮らしながら、そう感じるようになる日が来るのかもしれません」
国の在り方を考えよ
--異文化に触れる体験は、自分自身のよりどころを再確認させます
「グローバリゼーション(地球規模化)が叫ばれて久しいですが、外国人に迎合するのではなく、日本人として相手と対等に向き合うことが真のグローバルな態度です。たとえ言葉が通じなくても、英語を勉強するよりは古文や茶道など日本の文化を学んで、日本らしさに立ち返る方がいいでしょう」
「ただ、外国人労働者の受け入れ拡大がもたらすのは、アイデンティティーの問題にとどまらないと思います。これを機に、この国の在り方や国家とは何かということを、各自が考えるべきなのかもしれません」
--外国人労働者の受け入れ拡大に対しては、なおも賛否が分かれています。仏教の教えに基づけば、どう考えられるでしょうか
「あくまで仮にですが、もっともらしく『日本は今の経済規模を維持していかねばならない、というとらわれから外れなさい』などと言えば、仏教っぽく聞こえるかもしれません。でも、それは仏教を使った答えであって、仏教の考えではありません」
「世間は二項対立でものを考えるから、迷いや悩み、悲しみや憎しみが生まれます。それを超えようというのが仏法。世間が望んでいる解決は目先の都合ですので、外国人労働者をもっと受け入れるべきかどうかという問いには『どちらにしても正しくないし、間違ってもいない』と答えるしかないでしょう」
--では考えを深めるためのヒントはありますか
世間の物差しを超える
「浄土真宗の宗祖、親鸞は世間のことを『難度海(なんどかい)』、つまり渡りにくい海と表現しています。寄せては返す波のように、ひとつ問題が解決しても、また次から次へと別の問題が起きてくるというわけです」
「難度海を渡す大船(だいせん)が仏様のはたらきであり、私たちに方向性を示してくれるものであると、私自身は理解しています。宗教はさまざまで仏教にもいろいろな宗派がありますが、世間の外にある神仏の視点を意識しているのとしていないのとでは、考える内容や質は異なってくるでしょう」
--社会保障や日本語教育など、これからさまざまな課題を解決していく必要もあります
「課題があることは承知しています。けれども世間の物差しで世間のことを考えても、根元の答えは出ずに枝葉の部分が細かくなるだけではないでしょうか。それですら私自身の思いであり、目先の都合にすぎないのかもしれませんが」
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【プロフィル】英月(えいげつ) 1971年、京都市生まれ。真宗佛光寺派大行寺(京都市下京区)の第9世住職。銀行員を経て2001年に渡米し、02年に得度した後、10年までサンフランシスコで生活。帰国後の15年、父から住職を継いだ。講演や法話で全国を飛び回り、テレビ出演も多数。近著に『そのお悩み、親鸞さんが解決してくれます-英月流「和讃(わさん)」のススメ』(春秋社)。
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【用語解説】「ニュースを疑え」
「教科書に書いてあることを信じない」「自分の頭で考える」。2018年のノーベル医学・生理学賞を受賞した本庶佑・京都大特別教授は、受賞決定の記者会見でそう語りました。ニュースは、世の中で起きているさまざまなできごとのひとつの断面にすぎず、うのみにしていいものばかりとはかぎりません。時事問題を的確に知り、事実から「真実」を見極めていくには、どうすればいいでしょうか。「ニュースを疑え」は、各界の論客にニュースを違った角度から斬ってもらい、考えるヒントを提供する企画です。
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