嘆きとユーモア…平成経済を綴ったサラリーマン川柳を振り返る

 

 新元号の発表まであと約2カ月。ユーモアを交えて世相をつづってきた第一生命保険の「サラリーマン川柳」(サラ川)も昨年末に平成最後の作品が発表された。バブル崩壊からデフレに突入、実感の乏しい戦後最長の景気拡大に至るこれまでの約30年。会社での働き方や技術の進歩、人間関係のありようをどう表現してきたのか。優秀句に選ばれた2900句にものぼる川柳から平成経済を振り返ってみた。

 バブル期、モーレツ社員

 現在、定年にさしかかったサラリーマンが、若手として一線で働いていた約30年前。平成始めはバブル景気に沸いていた。そんなころの働き方は、今でいうならブラック企業のような状態だったかもしれない。

 「ビジネスマン 24時間 寝てみたい」(ボーナス 平成2年)

 当時は、栄養ドリンクのCMソングの一節、「24時間戦えますか」というフレーズが流行していた。

 「終電車 座ったばかりに 乗りすごし」(オジサン 2年)

 「頑張れよ 無理をするなよ 休むなよ」(ビジネスマン 4年)

 長時間労働が当たり前だった時代。バブルを象徴した地価の高騰は尋常でなかった。

 「一戸建 手が出る土地は 熊も出る」(ヤドカリ 2年)

 「一戸建て まわりを見ると 一戸だけ」(貝満ひとみ 3年)

 一般のサラリーマンが都心にマイホームを持つのは夢物語のようで、郊外には住宅団地が次々と開発されていった。

 バブル崩壊、成果主義台頭

 土地取引融資にかかわる規制が2年に強化され、バブル崩壊が始まる。不動産価格は暴落し、投資資金の焦げ付きとともに景気がいっきに冷え込む。新卒採用は絞り込まれ、就職氷河期が到来、企業では人員削減が加速した。

 「この不況 人事ばかりが やる気みせ」(信天翁 6年)

 「少数に なって精鋭  だけが欠け」(凡夫 7年)

 「休みくれ 永久に休めと 肩たたく」(嫌味言太 11年)

 9年には山一証券が自主廃業、北海道拓殖銀行が、都市銀行として初めて破綻した。金融システム不安が高まる中、企業倒産、再編も相次いだ。

 「行員も そっと他行へ 貯金する」(読み人知らず 9年)

 「コストより 先に会社が ダウンをし」(福の神 10年)

 「一生を 賭けた会社に 先立たれ」(怒りのヒラ 11年)

 不良債権問題は16年ごろまで沈静化せず、「失われた10年」と呼ばれた。

 活力をどうすれば取り戻せるのか。バブル崩壊の打撃を引きずる企業は、日本に根付いていた終身雇用と年功序列型賃金の見直しに踏み切る。成果主義賃金へのシフトだ。

 「恩忘れ すぐにかみつく 部下とジョン」(貧乏くじ 7年)

 「成果主義 成果挙げない 人が説き」(詠み人甚吉 15年)

 社歴よりも、実力が社員の評価軸として一段と重視される。

 IT化、上司と部下の関係に影響

 リストラと歩調をあわせるように企業が急いだのが、IT化だった。1990年代後半から職場のいたるところにパソコンが導入され、サラリーマンにはITスキルが不可欠となる。

 第一生命経済研究所の的場康子主席研究員は「インターネットに慣れ親しんだ若い世代と、そうでない世代ではITスキルにギャップがある。上司が部下に教えてもらう構図を生み、関係性を変える影響を与えたかもしれない」と話す。

 「ぼくに出す メールの打ち方 聞く上司」(ホワイトエンジェル 平成10年)

 「パスワード アスタリスク(*)を打つ上司」( 薩摩はやと 11年)

 「ドットコム どこが混むのと 聞く上司」(ネット不安 12年)

 IT音痴の上司には、職場では冷ややかな視線が向くようになった。

 延びる定年、働き方改革、そしてAI…

 バブル崩壊の痛手から抜け出した日本だが、いまは生産年齢人口の減少を背景とした低成長時代の真っただ中にある。リストラを懸命に進めてきた企業も、うって変わって人手不足の問題に直面。人材確保が大きな悩みとなっている。

 25年には年金支給開始年齢の引き上げを背景に希望者全員の65歳までの雇用確保を企業に原則義務付ける改正高年齢者雇用安定法が施行された。

 「人生の 余暇はいつくる 再雇用」(年金未受給者 30年)

 「再雇用 昨日の部下に 指示仰ぐ」(白いカラス 30年)

 定年を迎えたものの嘱託などの待遇で働かねばならない還暦サラリーマンの哀愁がにじむ。

 安定雇用につながる定年制廃止や定年引き上げは一部の企業に限られ、厚生労働省の30年調査では、定年後の再雇用などの継続雇用制度が8割近くを占める。

 「たたき上げ 育てた女子が いま上司」(そらみみ 28年)

 50歳半ばで役職を後輩にゆずり、給与が大幅にダウンするサラリーマンも多い。

 また、ここ数年、急速に広がっているのが仕事と家庭の両立、過重労働の防止を目指す動きだ。30年には働き方改革関連法も成立。ワークライフバランスを実現に向けて試行錯誤が続いている。

 「人減らし 『定時であがれ 結果出せ』」(まろちゃん 29年)

 「削減だ 改革起こすと 仕事増え」(一生船乗り 30年)

 「終業後 家に帰れば  家事始業」(ワンオペ育児 30年)

 的場主席研究員は「働き方が変わってきても、会社の仕事の量そのものが減るわけではない。働く女性が増えているが、女性が家事や育児の大半を担う状況も変わっていない」という。

 平成最後の発表となった川柳には、業務効率化と業績向上の切り札とされる人工知能(AI)を織り込む句も目立った。

 「ライバルが 去ってAI現れる」(ひぐらし 30年)

 「人事異動 オレの後任 人工知能」(A.I.30年)

 苛烈な社内競争を勝ち抜いてきたサラリーマンにも危機感が漂う。これまでの上司、部下、同僚をはるかにしのぐ、手ごわい相手と向き合う時代がやってきたようだ。