“阿波踊り”のための「自分の働き方改革」が、「全社の働き方改革」になるまで
平日の夕方に習い事や予定を入れたくても、その時間までに仕事が終わるか分からず、結局諦めてしまった--そんな経験はないだろうか。特に、異動や転職などで、慣れない仕事に取り組むことになった場合はなおさらだ。
そんな中、どうしても参加したい習い事の時間が平日の夕方だったことがきっかけで、それまで残業漬けだった自分の仕事を見直したばかりか、社内に「働き方改革」を起こした社員がいるという。一体何が起こったのか。
「変えるしかない」--残業漬けの毎日を抜け出したきっかけ
企業向けのコミュニケーションツールを扱うドリーム・アーツに勤める齋藤瑛里菜さんは、現在同社のカスタマーサクセス統括本部に所属し、クラウドサービスの販売推進に取り組んでいる。2016年に営業として入社した際は、営業の経験は全くなかったそうだ。
当時、同社では、各サービスの売り方といったノウハウや見積書のテンプレートなどは、人によってバラバラだったという。そんな状況に未経験で飛び込んだ齋藤さんは、「そもそも売り方が分からない」「必要な情報がどこにあるかが分からない」といった壁にぶつかる。1年目は定型業務が多かったというが、必要な情報を毎回探しながら、任される作業を必死にこなすうちに、気が付けば残業が当たり前の生活になっていた。
「当時は、社内規定である『1カ月の残業目安は40時間以内』という枠を毎回超える常習犯でした」(齋藤さん)
入社2年目でやっと仕事に慣れ始め、「これからは自分の時間を持ち、好きなことをやりたい」と考えていた矢先、偶然、徳島県の伝統芸能「阿波踊り」の動画を見て「私がやりたいのは、これだ!」とひらめいたという。やるのなら本格的に習おうと、都内のある“連(阿波踊りの団体の単位)”に参加を決めたものの、練習時間は週1回、平日の午後7時から。午後8時以降に退社するそれまでの生活では、とうてい参加は難しかった。
「一人働き方改革」から、営業部門全体の課題を解決することに
「練習に参加するためには早く帰るしかない。今までのように、ぬくぬくと会社に残っていては駄目だ」--そう考えた齋藤さんは、日々の作業を紙に書き出して見直し、時間を短縮するためのヒントを探す“一人働き方改革”を始めた。
それまで与えられた作業をがむしゃらにこなしていた状況から、一歩引いて俯瞰し、それぞれの作業を、かかる時間ごとに「小」「中」「大」の3つに分類して整理。すると、「仕事を最短時間で終わらせるために、それぞれの作業をどう順序立てればいいか」が明確になっただけでなく、営業部門全体の作業フローを遅らせていた問題に気が付いた。それは決裁フローの冗長化だ。
「当時は、見積もりを承認に出して決裁が下りるまで1週間ほどかかり、お客さんを待たせてしまうこともしばしばでした。見積書のフォーマットも決まっておらず、『とにかくExcelで作ればいい』程度のルールでしたし、担当者が自席でPCを開いているときしか承認が出来ない仕組みだったので、結果的に時間がかかっていました。社長に決裁してもらうために、わざわざ秘書さんに電話して頼んだこともありましたね」
当時、部署内で最も頻繁に見積書を作成していた齋藤さんは、上長にアドバイスをもらいながら、オンラインでフロー図の書き方を調べ、承認プロセスを図案化。すると、1件の承認に営業部門から経理、社長まで10人ほどの社員が関わり、特定の人が同じ案件を複数回にわたって承認している箇所や、同じ内容を異なるシステムに複数回入力するプロセスなどの“ムダ”が見えてきたという。
そこで齋藤さんは、承認フローの短縮や見積書のフォーマット化を、上長や営業部長に直談判。ちょうど社内で「働き方改革」を推進していた中、他の営業からも賛同が集まり、エンジニアに見積書を自動作成するフォーマットを作ってもらった。新たな承認フローでは、決裁に関わる人数を半分近くに減らし、一人の担当者が複数回承認する状況を解消した。
また、自社のビジネスチャットツール「知話輪(ちわわ)」を活用し、スマートフォンからいつでもどこでも承認ができる体制を整えた。現在、同社の営業部門では、早ければ当日中に承認を決裁できるという。
一見簡単に見える案件も、実は難しい……「働き方改革」を成功させるコツとは
こうした活動をきっかけに、齋藤さんは2018年7月から、それまで営業部門の中で属人化していたサービスの売り方ノウハウの確立や共有といった「働き方改革」を担当することになった。そこでは、過去に自分が苦労した経験もヒントになったという。
「情報が属人化していると、その部分について知らない社員の調べ物が増えてしまい、結局残業が増えてしまいます。そのため、情報を1カ所にまとめることを意識してルールを決め、売り方そのものを共有するようにしました。結果的に、自分が入社1年目で苦労した経験がヒントになったと思います」
この他にも、齋藤さんは営業部門の社員がいつでもどこでも働き方改革のアイデアを知話輪(ちわわ)に投稿できる「ご意見箱」チャンネルを設置。70件以上集まった案から業務への影響が大きいものを選別し、実行に移すというプロセスを繰り返した。
一見、営業部門の中だけで済む改革のようだが、例えばサービスの売り方を変えるとなると、サービスの担当者や経理部門、社内のエンジニアなど、各方面に影響が出てくる。利害の衝突をできるだけ回避するため、齋藤さんは、各部門にそれぞれの立場から見たメリットを説明し、説得に時間を割いた。
「正直に言うと、つらい局面もありました。いろいろなところから違う意見を言われますし、最初は簡単にできるだろうと思えたような案件でも、複数の承認が必要だったり、さまざまな決まりを調整する必要があったりするので」
そんな中、技術を活用した情報共有が「成功の鍵になった」と、齋藤さんは語る。例えば、多忙な各部門のトップ同士が集まらないと結論が下りないような案件について話し合う場合は、事前に知話輪(ちわわ)を使って頻繁に状況を報告し、誤解や混乱を避けてスムーズに話し合いが進む環境を作ったことが、功を奏したという。
異業種の経験があったからこそ、社内の「変えるべきところ」に気が付いた
社内の業務改革を進める際、齋藤さんには、新入社員として苦労した経験以外にも役立ったことがあったという。それは、入社前に2年間、空港などで航空会社のチケットや乗客の荷物を取り扱う「グランドスタッフ」として勤務した経験だ。
「空港では、例えば『チェックインの自動化』『手荷物預かりの自動化』といった新しい設備の導入を速いペースで進めていましたし、そうした導入プロジェクトは、専任の社員がトップダウンで進めるものでした。
思えば、それらを見ていた当時から、効率良く仕事を進める点には興味を持っていましたね。転職してから、『ここは効率が悪いのでは』『変えるペースが遅いな』と思ったことはたくさんありました」
そうした“外から来た人だからこそ見える課題”は、逆に社内で長く勤めた人に理解してもらいにくい場合もある。しかし齋藤さんの改革は、徐々に周囲の理解を得ていったという。
「見積書の自動作成ツールができたとき、(営業の社員に)『ああ、これでやっと簡単に見積書が作れる』と言われたことがあって、うれしかったですね。恐らく、過去にも(社内で)決裁フローなどの課題を指摘していた社員はいるのだと思います。しかし、さまざまな理由で、その時は業務を変えるタイミングをつかめなかったのでしょう。
そんな中、新人の私が“忙しい社員”の典型になってしまったことで、改めて業務改善の必要性に気付いてくれた社員もいたでしょうし、彼らの理解や応援があったからこそ成功したのではないでしょうか」
2019年の1月からは、実際にこうした改革を成功させた実績が評価され、クラウドサービス「DCS」の推進を担当している齋藤さん。今後も、業務フローやサービスの売り方を改善する仕事を続けていきたいという。
ちなみに、全てのきっかけになった阿波踊りは、その後どうなったのだろうか?
「3年目に入ったところで、今も続けています。1年目は、練習に着いていくのがやっとでしたが、2年目から少しずつ形になってきました。今は後から入ってきた方に少し教えられるようになり、お祭りだけでなく舞台にも参加しています」
特集:Transborder ~デジタル変革の旗手たち~
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