男子サッカー初の女性監督 スペイン出身33歳、鈴鹿での挑戦
サッカーのJリーグとJFL(日本フットボールリーグ)を通じて初の女性監督が誕生した。今季からJFLに初参戦する鈴鹿アンリミテッドFC(三重県鈴鹿市)のミラグロス・マルティネス・ドミンゲス監督(33)だ。出身地スペインで女子クラブチームの監督などを務めたが、男子チームの指揮は初めて。日本とスペインのサッカーの長所を組み合わせ、持ち前の攻撃的サッカーを目指すという。外国人女性監督の話題性は十分。「チームへの取材申し込みも増えた」(広報担当者)というが、真価が問われるのはこれからだ。
注目度は抜群
本拠地の鈴鹿市で開かれた就任記者会見には、報道陣やサポーターら約50人が集まった。クラブの広報担当、小林拓さんは「これほど集まってくださるとは。単にJFL初参戦という理由だけとは思えない」と女性監督への注目度の高さに驚いた。
「日本とスペインのストロングポイントに鈴鹿の選手の長所を組み合わせて、見ている人がおもしろいと思える楽しいサッカーを展開したい」。おびただしいカメラのフラッシュやテレビカメラを前にミラグロス監督は笑顔で語った。「私に挑戦のチャンスを与えてくれたチームに感謝し、期待に応えたい」
ミラグロス監督は日本のS級ライセンスに相当するUEFA(欧州サッカー連盟)のプロライセンスを持つ。チャンピオンズリーグに出場しているチームの指揮もできるライセンスだ。
指導者としての本格的なキャリアは2007年、スペインのアルバセテ・バロンピエの12歳以下を育成する男子チームのコーチ就任が皮切りだ。13年から同クラブの女子トップチームの監督兼GMを務めると、チームは2部から1部に昇格。昨シーズンは同国アトレティコ・トメロッソの女子チーム監督、と実績を積み上げてきた。
日本サッカーのヒエラルキー
JFLはサッカーのアマチュアリーグの最高峰とされ、Jリーグ入りを目指すクラブや企業チーム、学生や地域のクラブなど全16チームで構成。ホーム&アウェー方式の2回戦総当たりで勝ち点を競う。成績上位4チームのうち観客動員数や財務状況などを考慮した上でJリーグクラブライセンス交付を受けた2チームがJ3に昇格できる。下位2チームは、JFLの下部に位置する全国9カ所の地域リーグへ自動降格する。
鈴鹿アンリミテッドFCは昨シーズン、地域リーグの東海社会人リーグで優勝。各地の地域リーグ上位の全12チームで戦うチャンピオンズリーグで2位となり、初のJFL昇格を決めた。
しかし、昇格直後の昨年11月末、チームを率いてきた辛島啓珠(からしま・けいじゅ)監督の退任が決定。クラブは急遽(きゅうきょ)、新監督の人選に取りかかった。吉田雅一常務取締役は「クラブとしては退任は本意ではなかったが、チームが新たなステージに挑むに当たって、生まれ変わるチャンスにしようと考えた」という。
手探りの人選
人選で優先したのは「技量」だった。また、「同じ金額なら女性指導者の方がレベルの高い人材を獲得しやすい」ことも分かり、女性監督に的を絞った。
ところが、鈴鹿はJFL初参戦で経験や実績に乏しく、人選はエージェントや代理人に依頼する一方、インターネットの検索サイトで「サッカー 女性 監督」と検索するほどの手探り状態だった。そして、どうにかオファーを出した複数人のうち、最初に返事があったのがミラグロス監督だった。
サッカーの女性指導者で、スペイン男子の3部チームなどの指導経験のある佐伯夕利子さんからも推薦されたといい、吉田常務は「一流の男性監督にひけをとらないサッカーインテリジェンスや知識、戦術を持っている。何よりも反応の早さに彼女の熱意を感じた」と話す。初の女性監督を迎えることも「変化の象徴」として、チームに刺激を与えると期待している。
言葉の壁
懸念されるのは言葉の壁。フィリップ・トルシエ監督時代の日本代表の活躍には、通訳だったフローラン・ダバディ氏の貢献が少なくないといわれる。
ミラグロス監督の場合、急遽決まったこともあり、就任会見では暫定的にスペイン語ができるクラブ関係者の知人のペルー人男性に通訳を依頼し、時折、意思疎通に手間取る場面も見られた。
1月22日から始まった練習では、地元のペルー人女性がミラグロス監督の話を聞き、日本語と英語でチームの日本人コーチに伝え、日本人コーチが選手に伝えるという2段階通訳。練習の意図や注意点などデリケートな部分については十分とはいえない状況が続いた。
そこで、クラブはスペインでプレーヤーの経験もある小沢哲也さんを通訳兼アシスタントコーチとして迎えた。
攻撃的に変化
鈴鹿のこれまでのサッカーは守備が中心。守ってからのカウンターやセットプレーなどで数少ないチャンスをものにしてきたが、ミラグロス監督が目指すのは「攻撃的なサッカー」だ。
戦い方の変化を選手たちは「プレーしていても楽しいと感じるサッカーなら」と歓迎する。テクニカルディレクターも兼ねるミッドフィールダーの小沢司選手は「選手個々の良さを引き出してくれる」と新指揮官の指導を評価。言葉の壁についても、育成コーチの近藤雄一さんは「選手たちは、理解しようとする意識が強くなった」と思わぬ効果を指摘する。
「選手は献身的で協力的。チームワークも良く、とてもよく練習する」。こう話すミラグロス監督は「スペインは常にボールを保持して相手を崩すサッカーだが、日本人はスペイン人よりフィジカルが強く、よく走る。長所を融合して、きっとおもしろいサッカーをお見せできると思う」と手応えを感じている。
無謀な挑戦ではなくチャンス
クラブの本拠地、鈴鹿市は市長、教育長、商工会議所会頭とも女性だ。ミラグロス監督は「スペインで女性市長は珍しくない。女性だからと特別な意識はしないが、女性の活躍が目立つのはいいこと。ともに頑張りたい」と話す。
日本については、「人がやさしくて温かい。本当に暮らしやすい」といい、日本食は、「おでんとラーメンがおいしかったけど、すしはまだ。リーグ戦で勝利を挙げて、すしをつまみながら地酒で乾杯したい」という。
文化や生活習慣なども違う異国での指揮について聞かれると、「両親からは無謀な挑戦といわれたが、決してそうは思っていない。私はチャンスだと思っている。必ず結果で証明したい」と勝負師の顔になった。
鈴鹿アンリミテッドの開幕戦は3月17日、MIOびわこ滋賀と。ホーム開幕戦は24日で、テゲバジャーロ宮崎を迎え撃つ。
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