【ミラノの創作系男子たち】社会に溶け込む科学の「伝道師」 周囲を魅了する気負わぬ生きざま
クリエーターの生活の特徴は、仕事の時間とそれ以外の時間にあまり境界線がないことだ。「お互いの不可侵条約を成立させないための理由」を自ら背負って生きている。とは言いながら、一方で、クリエイティブな作業のために「邪魔するな!オーラ」も強い。(安西洋之)
しかしながらアンドレア・ベッラティには、そのような気負った雰囲気が一切ない。なにせ仕事のプレゼンに使うパワーポイントには、自分の娘たちはもとより親族や友人たちも出演してくる。あまりにあけっぴろげ。もちろん登場してくれる家族は「パパの仕事は意味がある。そのためなら喜んで!」と協力を惜しまない。
アンドレアはイタリアのエネルギー企業・ENIの財団に勤めている。そこで社会に科学を定着させるための伝道師的な活動をしている。ある科学的なことがらを普通の人に説明するために、科学のエッセンスをもとにしながら美術・映画・歴史・文学など、あらゆる分野を総動員する。
例えば、火山活動を説明するのにあたり、英国の画家・ターナーの絵『チチェスター運河』を見せる。19世紀前半、火山灰が散ったことによって出現した見事な夕日を描いたものだ。同時期、英国の小説家・メアリー・シェリーが退屈な長雨のなかで書いて誕生したのが怪奇小説『フランケンシュタイン』である。長雨は火山噴火の影響とされている。
自然現象と社会生活や文化との関係が、このように示される。さまざまな入り口があれば、聞いている人たちもどれかは知っており、馴染みがある。タッチポイントを増やして、飽きさせない。そして子供たちにも、ふだん科学を意識しない大人たちにも、科学に距離を感じさせない土壌をつくっていく。
「イタリアは人文学が伝統的に強いから、過去、ダ・ヴィンチ、ガリレオ、マルコーニと優秀な科学者が沢山いるにも関わらず、科学の位置が相対的に低い。お隣のスイスやドイツと事情を異にするところ」とアンドレアは話す。
トップクラスのイタリア人科学者の数は豊富だが、彼らは欧州他国や米国で活躍していることが多い。
現在40代後半の彼はミラノ大学で生物学を学び、その後、働きながら2つの修士をとっている。演出と科学ジャーナリズムという2つの分野だ。それも、ある分野に飽きたとか限界を感じたからではなく、アンドレアは高校生の頃から科学伝道師として自立するための必須科目であると考え、計画的にそれらを制覇した。
現在の職場は、その願いを全て叶えてくれている。通常、このパターンは事業家か学者のような場合が多いが、勤め人でこのように満足できる職を得る人は少ない。
演劇だけでなくドキュメンタリーの演出もやってきた。科学分野の本も書いてきたが、今年になってまったく新しい試みとして小説も出版した。どれが財団の仕事で、どれが自分自身の仕事なのか傍目にも区別がつかない。
3人の娘の父親である。長女は21歳の生物学を勉強する大学生であり、その次は10歳と7歳。小学校への送り迎えは、彼が水道管でつくった長いフレームに3つサドルがある自転車だ。これで2人を乗せていく。
夕食はアンドレアがつくる。料理は好きだ。時に娘を肩車しながら一緒につくる。「料理は愛する、とさえいえる。何でもつくる。パンとドルチェ以外はね」
奥さんがパティシエなので、パンや菓子は奥さんの得意技なのだ。
ワインは赤。食事のときだけでなく、書きものをするときも、リラックスするためにワインを飲む。泡ものは好きじゃない。
週末はピエモンテ州とリグーリア州の境に近い山の中にある、数組の家族で運営している農家で畑仕事やチーズなどの農産品つくりに励む。力仕事も厭わない。そしてそれらを商品として販売する。
農作業だけでなく、そもそも山が好きなのだ。だがスキーはやらない。
「雪が嫌いなのだ。山をトラッキングするのは大好きだ」
このような日常生活の風景にも、彼の伝道師としてのネタはある。ぼくは彼の口から何度かでるサスティナビリティという言葉が気になった。そこで「伝統とサスティナビリティの関係をどう説明する?」と聞いたとき、アンドレアは以下のように答えた。
「(団子のような)ポルペッタは、イタリアの伝統的な料理だ。余りもので作れるから、貧困の象徴でもあった。でも、その中身のメインストリームは時代によって変化を遂げてきており、ぼくの娘も喜んでつくる」
ポルペッタには、伝統とサスティナビリティの両方が備わっている。これを教材に使うのである。彼のお祖母さんから娘に至るまで、それぞれが好きなポルペッタを作っている画像を見せるのだ。そして、そこにある素材の科学を語る。
アンドレアにとって、人に語りかけたとき、その人が熱心に耳を傾けてくれる瞬間が堪らない。だが大学などの教員は「窮屈で合わない」と首をすくめる。
最後の質問を投げかけてみた。彼にとってクリエイティブとは何か?
「2つある。カラフルであること。それに社会性。これはコミュニケーションと言い換えてもいいかもしれない」
こんなに楽しい人、そうそういるものではない。
【プロフィール】安西洋之(あんざい・ひろゆき)
De-Tales ltdデイレクター
ミラノと東京を拠点にビジネスプランナーとして活動。異文化理解とデザインを連携させたローカリゼーションマップ主宰。特に、2017年より「意味のイノベーション」のエヴァンゲリスト的活動を行い、ローカリゼーションと「意味のイノベーション」の結合を図っている。書籍に『イタリアで福島は』『世界の中小・ベンチャー企業は何を考えているのか?』『ヨーロッパの目 日本の目 文化のリアリティを読み解く』。共著に『デザインの次に来るもの』『「マルちゃん」はなぜメキシコの国民食になったのか?世界で売れる商品の異文化対応力』。監修にロベルト・ベルガンティ『突破するデザイン』。
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ローカリゼーションマップとは?
異文化市場を短期間で理解すると共に、コンテクストの構築にも貢献するアプローチ。
【ミラノの創作系男子たち】はイタリア在住歴の長い安西洋之さんが、ミラノを拠点に活躍する世界各国のクリエイターの働き方や人生観を紹介する連載コラムです。更新は原則第2水曜日。アーカイブはこちらから。安西さんはSankeiBizで別のコラム【ローカリゼーションマップ】も連載中です。
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