ホンダの本社ビルに秘められた“本田宗一郎伝説”の謎を追う

 
本社ビルの外壁がデコボコして見える理由とは?

 2020年東京五輪・パラリンピックのメインスタジアムとなる新国立競技場(建設中)と、著名人のお墓が集まる青山霊園。その中間地点にあたる港区南青山2丁目にホンダの東京本社ビルがある。青山通りと外苑東通りの交差点に面した場所に建っているのだが、ビルのデザインが少々ユニークなことに気付く。各階の外壁部分がバルコニーと一体化しており、窓ガラスが引っ込んでいるのだ。デコボコにみえるので「ちょっと変わったビルだなあ」という感想を抱く人もいるのでは。(昆清徳,ITmedia)

 実は、このビルの設計には創業者である故本田宗一郎氏のさまざまな意向が反映されている。バルコニーはそのうちの1つなのだが、他にはどのようなものがあるのだろうか(本記事では便宜上「本社ビル」と表記するが、ホンダ社内では「青山ビル」と呼んでいる)。

本社ビルができるまで

 まず、東京における本社ビルの変遷について簡単に振り返ろう。

 静岡県で創業したホンダは、1960年に東京へ進出。八重洲に本社ビルを建設した。しかし、事業が拡大するに従ってオフィスのキャパシティーが限界を迎え、新本社建設の機運が高まってきた。75年、新本社建設プロジェクトが立ち上がり、移転先の候補地が検討された。77年頃に土地購入が完了したことを受け、ビルの設計もこの時期から始まった。新本社ビルが竣工したのは85年だ。

 本田宗一郎氏は73年にトップの座から退き、終生の最高顧問に就任している。本社ビルの設計案を練るにあたって、どのようなやりとりが社内で行われていたのかを示す議事録は残っていない。

 では、本社ビルのどこの部分に創業者の思いが反映されているのだろうか。ビルを管理している担当者は「設計当時のことを知る社員はもういないので、あくまで社内に伝わっている話ですが」と前置きしたうえで解説してくれた。

 それでは、ホンダ社内に伝承されている“本田宗一郎伝説”を見ていこう。

誰でも気軽に立ち寄れる場所にしたい

 1階は「Honda ウエルカムプラザ青山」という名称になっており、自社製品のショールーム兼イベントスペースとなっている。ウエルカムプラザに足を踏み入れると、ずらりと並んだ2輪車や4輪車が目に飛び込んでくる。記者が取材した4月9日(火)には、外国人観光客の団体が訪れており、子どもが2輪車にまたがって遊んでいる姿を確認できた。

 展示スペースの奥にはステージがあり、ホンダの二足歩行ロボット「ASIMO(アシモ)」がさまざまなパフォーマンスを披露している。1日に数回、決まった時間帯にステージに登壇しており、観光客との記念撮影にも応じている。

 ステージの横にはカフェスペースがある。コーヒーやジュースなどを1杯200円から提供しており、テーブルではビジネスパーソンや観光客と見られる人たちが思い思いの時間を過ごしていた。この他、公式グッズを販売する店や、安全運転を体験できる設備などがある。ちなみに、ウエルカムプラザは年中無休ではない。

本社の1階で提供される「宗一郎の水」

 ウエルカムプラザの隅では、水が無料で提供されている。遠くから見ると、どこにでもある水飲み場のように見えるのだが、近づいてみると「宗一郎の水」と書いてある。ウエルカムプラザと宗一郎の水が存在するのは「(本社を)誰でも気軽に立ち寄れる場所にしたい」と本田宗一郎氏が考えたためだ。

 宗一郎の水は地下3階にあるカナダ産のヒバの木でつくられた受水槽から引かれている。一般的なビルは、水道水をステンレス製の受水槽に引き込んでから、各階に供給している。わざわざヒバの木の受水槽を使う理由は、よりおいしい水を提供したいという願いからだ。この受水槽はビルの竣工当時から存在しており、メンテナンスを繰り返しながら使い続けている。宗一郎の水は災害時には社員らの飲料水としても活用される。

 88年に作成されたホンダの社内資料はウエルカムプラザを次のように位置付けている。

 「若い人たちのモータリゼーションへの夢に応える場、そして社会との情報交流の接点として、お客さまが気軽に立ち寄り、楽しむことができる新しい形のパブリックスペースの創造を目指している」

 ウエルカムプラザの展示内容は常に変化している。自社製品を入れ替えるのはもちろん、歴代の名車やモータースポーツに関する展示もしている。

 メーカーの本社ビルには、自社の歴史を紹介する展示がされていたり、自社製品が並んいたりするのが一般的だ。しかし、ホンダのように“気合い”の入った展示やイベントを企画している本社ビルは珍しい存在といえよう。

地下に食料や水を備蓄している

 災害時の備えについても、本田宗一郎氏の意向が反映されている。

 東京都は、災害に備えるために社員用の水や食料を確保するよう条例で定めている。ホンダの本社ビルには海外営業を担当する部門や管理部門などで働く約1200人の社員がおり、3日分の水、食料、ヘルメット、ブランケット、簡易トイレなどを備蓄している。

 現在ではこういった備えをするのは当たり前になっているが、ホンダではビルが竣工した85年から水や食料の備蓄をしている。担当者によると、当時では先進的な取り組みだったのではないかという。

 本社ビルでは熱源としてガスを使用していない。火災の原因になるものを排除するためだ。では、どのようにして熱源を確保しているのか。本社ビルでは地域熱供給システムを導入している。これは、冷水や温水などを一カ所でまとめて製造・供給するものだ。外部から引き入れた蒸気の熱を利用して、社員食堂で調理をしたり、暖房に利用したりしているという。

割れた窓ガラスの落下を防止するバルコニー

 本社ビルの窓の外にはバルコニーがある。2階部分は植え込みのプランターになっているが、3階より上のバルコニーは避難通路として利用するため、何も置いていない。窓から外壁までの幅は1600ミリあり、人が歩ける部分の幅は1200ミリだ。

 なぜ、わざわざバルコニーをつけているのか。これは、大地震が発生した際、窓ガラスが割れて落下するのを防ぐためだ。本田宗一郎氏が落下したガラスが歩行者を傷つけてはいけないと考え、当初作成された設計図の修正を命じたという“都市伝説”が存在する。記者はこの話を耳にしたことがあるので、担当者に聞いてみたところ「実際に設計図を修正させたかどうかまでは分かりませんが、バルコニーを設置するように働きかけたという話は社内で伝わっています」と説明した。

ビルが敷地内の奥に引っ込んでいる理由

 本社ビルは交差点から見るとやや奥に引っ込んだ場所に建っている。歩道と本社ビルの間には何もない空白エリアがあり、日中は同社の最新モデルの車が展示されている。この空白エリアは何のためにあるのか? 交差点を右折したり左折したりする自動車の視界を確保するためだ。本田宗一郎氏は自動車ユーザーに配慮してビルの位置を決めたようだ。担当者は「当時でも現在でも、こういった発想はとても珍しい」と語る。

 以上が今回の取材で確認できた内容だ。ここまでビルの設計に口を出せたのは、カリスマ創業者だったからだろう。本田宗一郎氏は、経営の一線を退いてからも、ドライバーや一般市民を思いやる気持ちを持ち続けていたのだ。

 なお、今回の記事で紹介したこと以外にも「オヤジ(本田宗一郎氏のホンダ社内における愛称)の考えが反映されているのでは?」と語り継がれている“伝説”が存在するようだ。もし、当時のことを詳しく証言してくれる元社員が見つかったのなら、続報を検討できればと思う。

本社ビルの様子