ある特定の目的のために会員が協力をして維持していく組織、それを協会という。そして世の中には多くの協会が存在している。その目的のブランディングや会員同士のコミュニケーションを通して目的を活性化するのに協会設立はうってつけなのだ。
観光協会や動物愛護協会などは非常に有名なので関わりはないにしても耳にしたことがある人は多いのでないか? しかし「これは何のための協会なんだ?」と首をかしげざるを得ないほど不思議な協会も多々存在する。法人としてではなく、任意団体として協会を設立する場合は「名乗ったら協会は成立」してしまうからなのだ。
今日は筆者が発見したニッチな香りがプンプンする「日本筋子納豆協会」を設立した飲食店経営・小池政晴さんにお話を聞いてみることにした。
旅行中に初めて試して「これだ!」と思った
小池さんは東京都新宿区荒木町で「青森PR居酒屋りんごの花」という居酒屋を経営している。首都圏に住む人々に青森の料理やお酒を知ってもらうというコンセプトのもとで運営されている居酒屋だ。
お店の新メニューのアイディアを考えるために小池さんは定期的に青森県に旅をしてネタを見つけてくる。ある日その旅をしている中で小池さんは地元の人から「筋子と納豆を混ぜてご飯にかけて食べると美味しい」という話を耳にしたのだ。
そしてその話を耳にした翌朝、小池さんに思いもかけなかった偶然がやってきた。ホテルの朝食バイキングに「筋子」、「納豆」の両者がまるで小池さんを迎えるようにあったのだ。小池さんは偶然にいざなわれるがままに「筋子納豆ご飯」を試してみたという。
「あの時はまるで稲妻に打たれたような衝撃でした! これは美味い! すぐにお店でメニュー化しよう! 東京に帰るまで頭の中はずっと筋子納豆ご飯に取り憑かれておりました。」(小池さん)
この筋子納豆ご飯は青森県の名物というわけではなく「知る人ぞ知る食べ方」だった。そして後で小池さんが知ったのが、この筋子納豆ご飯は文豪・太宰治の大好物だったということだ。「よし! 『知る人ぞ知る』食べ物ならうちのお店からもっとメジャーになるようにプロデュースしよう! 時代を揺るがすような予感を感じて、心の震えが止まらなかった。」と小池さんは当時を振り返る。
フェイスブックページ内で協会設立
お店のメニューとなった「筋子納豆ご飯」はたちまちお店の人気メニューの1つとなった。しかしイチ居酒屋の人気メニューにしただけでは小池さんの夢はまだまだ終わらない。そこで思いついたのが「協会設立」だった。
「協会を設立することにより、お店にいらっしゃってくださるお客様だけではなく、もっともっとたくさんの人、まだ筋子納豆を知らない人の間でも筋子納豆を盛り上げていけると感じたのです。」(小池さん)
前述をした通り任意団体として協会を立ち上げるのは「名乗ったもの勝ち」だ。特別な許可や免許は必要ない。またオフィスが必要だとかそういった縛りもない。バーチャル上でも協会は設立できる。小池さんは早速フェイスブックページとして「日本筋子納豆協会」を設立した。
協会の目的は兎にも角にも「筋子納豆ご飯を発信」することにある。
設立当初は単に筋子納豆ご飯の画像をアップしていたに過ぎないが、小池さんのアイディアで、お店で筋子納豆ご飯を頼んだ方に撮影許可を取り、食べているところの写真をどんどんアップしていった。
その結果筋子納豆ご飯の美味しさを視覚的に訴えることに成功し、会員は1000人超えとなったという。会員はお店で実際に筋子納豆ご飯を食べた方はもちろんのこと、お店には全く関連のない純然たる文豪・太宰治のファンの方もいる。
テーマ曲も誕生
青森県出身のシンガーソングライター・カキザキタカシさんもそんな筋子納豆ご飯の魅力に取り憑かれた人間の1人だ。小池さんのお店で筋子納豆ご飯を初めて食べてその美味しさに衝撃を受けたのだ。
「この思いをメロディーに乗せて伝えたい。この美味しさは僕の心の中に閉じ込めておけない。」
そう思ったカキザキさんは小池さんに許可を取り「筋子納豆の歌」を作り上げた。筋子納豆に対する抑えきれない愛情を弾き語っている。
目指せ! ソウルフード化
今はテレビや雑誌の取材を受ける回数も増えてどんどんメジャー化している筋子納豆。炭水化物を抑えてヘルシー化をはかるため筋子納豆ご飯ならぬ筋子納豆冷奴をメニュー化するなど、アレンジの工夫にも余念がない。
「これからも地道に発信していくだけです。この『協会』としての活動が筋子納豆をスターダム街道に乗せているのだと思っています。全ては筋子納豆をソウルフード化するという目的のためです。」(小池さん)
小池さんの協会活動から今後も目が離せない。(ジャイアント佐藤/5時から作家塾(R))
《5時から作家塾(R)》 1999年1月、著者デビュー志願者を支援することを目的に、書籍プロデューサー、ライター、ISEZE_BOOKへの書評寄稿者などから成るグループとして発足。その後、現在の代表である吉田克己の独立・起業に伴い、2002年4月にNPO法人化。現在は、Webサイトのコーナー企画、コンテンツ提供、原稿執筆など、編集ディレクター&ライター集団として活動中。