働き方ラボ

相手の心を揺さぶれ ビジネスを劇的に進める「殺し文句」を研究せよ

常見陽平
常見陽平

 慶応三田祭の焼き鳥屋のキャッチがすごすぎた件

 数年前、慶應義塾大学の学園祭「三田祭」にお邪魔した。OGである妻と、当時女子高生だった姪っ子と一緒に。志望校を決める参考にするためだった。

 これは、意識高い系ウォッチャーの私にとって、なかなか楽しい体験だった。というのも「胸をうつような客引き」と多数遭遇したからだ。繁華街で、日常的に居酒屋やキャバクラなどの店員に声をかけられるわけだが(本来、キャッチは禁止のエリアも多いはずなのだが)、彼らに「この学生たちから学べ!」と説教してやりたくなるほどのものだった。

 「学園祭にありがちなのは、焼き鳥の作り置きです。あれ、ウチはやっていないんですよ」

 「どうしても食べて頂きたいので、今の時間帯は特別に○円おまけしますよ」

 「国産の鶏肉だけを使用しているのは、今年の三田祭ではウチだけです」

 というような、一見腰低くアプローチしつつも押しが強い、具体的なアピールをしてきたのだった。なかなかあっぱれだった。

 学生がここまで努力している。いわば、「殺し文句」を考えているわけである。我々ビジネスパーソンこそ、この「殺し文句」を開発することに力を入れるべきではないか。ビジネスで使える「殺し文句」について考えてみよう。

 私が出会った殺し文句たち

 私がこれまでに出会った殺し文句をご紹介しよう。主に、ビジネスの現場で出会った言葉たちである。私は不覚にも、心が揺さぶられてしまった。あなたの心は、揺さぶられるだろうか。

 「このクルマは、山道でも、ホテルの前でも似合いますよ」

 →人生初のクルマの買い替え時に。当初、優先度が低かったプジョーのディーラーで。基本、生活の足にしつつ、たまにアウトドアにも出かけるというライフスタイルの話をしたところ、こう口説かれた。思わず購入を決意。

 「誰がいいかなと社内で打ち合わせをしていたときに、常見さんなんてピッタリだねという話になったのですよ」

 →約10年前に転職活動をしていたときのこと。登録していた人材紹介会社から、国内の大手ECサイトを紹介されたときの口説き文句。あとで、誰にでもこう言っていたことが発覚。

 「これから、結婚、出産、住宅購入など、たくさんの幸せが待っています。安心して生活するためには、この生命保険が必要だと思いませんか」

 →社会人1年目の、まだあまり月収が高くない時期に、外資系生命保険会社に転職した先輩から営業を受けた際の一言。それぞれのイベントについて、外国人のモデルによるいかにも幸せそうな写真を見せられつつ、プレゼンされ心が動き、思わず契約。

 「全社員の中から、あなたを選びました」

 →若干の左遷臭のする人事の内示を受けた際の一言。失意のどん底から一気に有頂天になり「俺って、期待されてるんすね」と言ってしまった。その一言をあとで言いふらされ、笑い者になった。最悪。

 「私は幸せ者です。なんせ、こんな面白い原稿を世界で最初に読めるのですから。続きも早く読みたいです」

 →著者デビューしたばかりの頃に、若くてデキると評判の編集者からもらったメール。ただ、これは出版業界で定番のフレーズだと、あとで知る。本は馬鹿売れしたのでよかったが。

 「あのとき、君がいなかったらと思うと、ゾッとするよ」

 →お手伝いしたベンチャー企業の社長より。この言葉で胸が熱くなった直後に、新しい仕事をお願いされた。

 まだまだあるが、この辺で。このように、世の中には心を揺さぶる言葉、殺し文句というものが存在するのである。

 トーク開発は仕事の基本だけど

 ここまで劇的な言葉(胡散臭い言葉とも言う)でなくてもいい。ビジネスには殺し文句があると何かと便利である。相手に響く言葉は何かを常日頃から考えたい。

 この「トーク開発」は特に営業の現場においては、日常的に行われている。簡潔に、自社の商品・サービスの魅力を伝えるために、トークを開発するべきなのだ。これを開発すれば、経験の浅い営業マンでも高い成果をあげることができる。そのために、商品・サービスの魅力を抽出したり、データやファクトを集めること、事例を共有することに取り組む。作り出したトークを、ロールプレイングによりさらにブラッシュアップさせる。

 なお、この手のトークは有名なフレーズの丸パクリということもときにはある。約10年前に、それまでのDVDレコーダーにかわり、ブルーレイレコーダーがブレークしたが、そのきっかけはSONYの矢沢永吉によるCMだという。「これ、ハイビジョンじゃないの?もったいない」というフレーズは、家電量販店の店員たちがそのまま売り場で使い、SONY以外の商品も含め、ブルーレイレコーダーがブレークするキッカケとなった。

 私も、会社員時代は「営業マンは歯が命というCMがありましたが、じゃらんnetはプランが命なんです」「この特集に載っていないと、企業として存在しないのと一緒ですよ」「(人事担当者として学生に)会社が君を選ぶんじゃない。君が会社を選ぶんだ」「今、僕はウチの会社で働いていて最高に楽しいんだけど、来年、君と一緒に働けたらもっと楽しいと思うんだ」「僕はデキる社会人じゃなくて、面白い社会人になりたかったんだ。そういう生き方ってかっこよくない?」などなど、今、書いているだけで顔から火がふき出しそうなくらいの、恥ずかしい殺し文句を使って仕事をしていた。

 もっとも、ここまで書いておきながら、ちゃぶ台をひっくり返すが、殺し文句だけで勝てるほど、世の中は甘くない。信頼を勝ち得るためには、提案内容や、仕事ぶりが問われるのは言うまでもない。まるでマンションの広告に踊るポエムのような「天地創造」「叡智の森」「空と風の交わる天空の城」というような、意味のないフレーズを考えても意味がない。取引先も社内の上司や同僚も、あなたには普通に働いてもらいたいのであって、別にコピーライターの仕事を期待しているわけではないのだ。

常見陽平(つねみ・ようへい) 千葉商科大学国際教養学部専任講師
働き方評論家 いしかわUIターン応援団長
北海道札幌市出身。一橋大学商学部卒業。一橋大学大学院社会学研究科修士課程修了。リクルート、バンダイ、クオリティ・オブ・ライフ、フリーランス活動を経て2015年4月より千葉商科大学国際教養学部専任講師。専攻は労働社会学。働き方をテーマに執筆、講演に没頭中。主な著書に『なぜ、残業はなくならないのか』(祥伝社)『僕たちはガンダムのジムである』(日本経済新聞出版社)『「就活」と日本社会』(NHK出版)『「意識高い系」という病』(ベストセラーズ)など。

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