【経済インサイド】匠の技をデータと映像で継承、「アグリラーニング」に注目

 
門井果樹園に設置されたジャストフレームのアグリフィクサー
ナシの標本樹の摘蕾をする門井果樹園の園主、門井源典氏と息子の薫一氏=4月4日、埼玉県加須市

 農業従事者の高齢化で技術継承が難しくなる中、匠のノウハウ・技術を映像収録、データ化し、教材として活用してもらう「アグリラーニング事業」が注目されている。映像コンテンツ事業を手掛けるジャストフレーム(宇都宮市)は、同事業の第1弾として熟練梨農家の畑にカメラを設置し、研修生の募集を始めた。今後、全国の篤農家や産地のリーダーに参加を呼びかけるとともに、研修生を5年後に300人まで増やす。剪定や摘果、収穫といった作業の適期管理を学ぶなどして、高品質農産物の安定生産につなげる狙いがある。

 「大事なのは保水力のある土づくりと、ナシの糖度を上げるための枝の管理」

 同事業に賛同した門井果樹園(埼玉県加須市)の園主、門井源典氏(80)は、おいしいナシを収穫するためのこだわりをこう話した。

 秋に収穫が終わると、海藻やカニ殻など有機肥料や堆肥をふんだんに使って、栄養分が詰まった土づくりに励む。肥沃な土壌に根を張るナシの葉がまんべんなく日光を浴びることができるように枝の管理を徹底し、果実の糖度を上げる。また、古い枝や太く育ちすぎた枝を切り落とすなどして樹形を整える。この樹形管理こそが他園との違いを決定づける。高品質を追求するためには手間を惜しまず、現在のナシづくりの主流となる育成法を確立した。

 「日本一のナシ農家」といわれる技術の持ち主から指導を受けた、千葉県船橋市のナシ農家は「師匠の技術を使えば大きくて食味がいいナシがいっぱい収穫できる。もうかる」と話した。

 各地から視察団が、門井氏の農園を訪れる。説明に耳を傾けながらビデオで門井氏の手の動きなどを撮影し、一定の収穫量を実現できるよう、作業の適期管理を学んでいる。

 ジャストフレームは、こうした技術を自宅にいながらパソコンやスマートフォンで習得できるようにした。同社は、定点収録用カメラ「アグリフィクサー」と、手元や目線の先を記録するカメラ「マルチムーバ-」を無償で提供。作業の始終を逃さず記録して配信する。生中継された動画のほか、録画映像を何度も見ることで作業を納得いくまで確認できる。

 この事業を監修した、はせがわ農園(埼玉県行田市)の長谷川浩代表取締役は「適期管理に勝る栽培技術はない。ナシとともに歩んで60年の門井氏の技術は宝の山であり、後世に残すには動きを丸ごと撮影して記録する必要がある」と指摘する。

 提案を受け入れた門井氏の息子、馨一氏(50)は「樹木の成長状況を観察できるので、今やっている作業がナシの木にどう影響するか分かりやすい。経験の浅い就農者でも技術を習得しやすくなる」と期待を寄せる。

 同社は4月から本格的に事業展開し、篤農家へは技術継承の重要性を訴えてカメラの設置を要請している。農家や農業普及指導センターなどには、教材としての活用を呼びかけていく。契約料(視聴料金)は年間15万円。意欲ある農業の担い手を育てるため、学生や新規就農者、外国人労働者の研修用として活用してもらう。

 同社はこれとは別に、アグリフィクサーの普及に向けレンタル制を導入した。生産過程が記録されるため「顔が見える農業」に生かせるとともに、導入した篤農家や農業試験場などが独自にアグリラーニングのような事業を行うことを想定した。「技術の継承につながる」(同社の根本浩取締役)からだ。ナシのほか、モモやカキなど品種の広がりも期待できる。

 農業現場では、従事者の減少や高齢化による担い手不足を補うため、ロボットやICT(情報通信技術)を活用して作業の効率化や省力化が進んでいる。一方で、熟練農家の経験や勘に頼っていた適期管理をデータ化することで、技術を継承し新たな担い手を呼び込んだり、生産性向上につなげたりする動きも活発化している。

 同社の田仲則子社長は「日本の農業技術を未来に残していきたい。全ての技術・ノウハウを可視化するとともに、アーカイブ化して技術の発展に寄与する」と語った。

 農林水産省も、熟練農家の技術・ノウハウの継承に意欲的だ。匠の視線や行動を計測したり、気づきを抽出・収集したりして作業履歴を記録・管理しており、新たな農業の担い手の学習、指導に活用するよう呼びかけている。(松岡健夫)