ミラノの創作系男子たち

「脱構築」実践するコンテンポラリー作家 流行のナラティブに目もくれず

安西洋之
安西洋之

 アレッサンドロ・カラブレーゼはコンテンポラリーアートの作家だ。「食べることは好きだけど、料理は苦手だ。野菜をトントンと切るのはリズムにのって気持ちいいけど、料理をつくるというのはねぇ。どうすれば積極的になれるか、教えて欲しいくらいだ」と語る。

 これはかなり意外な展開で面白い。連載でこれまで紹介してきたクリエイターは、ほとんど例外なく、「料理はクリエイティブだ」と語り、料理をしない人間はクリエイターの風上にも置けないとの勢いで語調を強める。

 しかし、アレッサンドロは「その気になれない。料理を好きだと言える人が羨ましい」と苦笑い。しかも「シェフがクリエイターだとかアーティストだとか持ち上げられることも多いけど、ちょっとなあ」と語尾を濁す。

 アレッサンドロは、こうも語る。

 「デザインはよく分からない。椅子がどうのこうのという議論を聞いていてもピンとこない。建築を勉強したアーティストとしては、これらの2つの真ん中にあるデザインに夢中になれない」

 1984年生まれ。ヴェネツィア建築大学を卒業し、修士で写真を専攻。建築と風景写真からスタートした。卒業後の最初の作品はアオスタ州の国立自然公園を撮ったものだ。現在、美大で教鞭もとる。その人間の言葉だ。

 ぼくも耳をより傾ける。

 彼は、「ありがちなこと」を断固として拒否をする。フォトジェニックなのは彼の世界ではない。インスタグラムも、アーティストとしての自分のショーケースにしようとは思わない。退屈なのは嫌だ。

 皆がこぞって素晴らしいと感嘆するシーンとは異なる風景。それが、彼のアーティストとしての方向である。作品の主語は写真だ。

 1つの試みはこんな具合だ。

 「正統派」のフォトグラファーとして撮影した写真を、一度、ネットにアップロードする。そうするとグーグル画像検索でそれなりの数の類似イメージが出てくる。

 それらの類似イメージをダウンロードして、オリジナルの写真と並べる。そしてそれらの多くを加工しプリント。これをまたスキャンして透明素材に挟み込む。

 写真のあり方を壊すのではなく、脱構築が彼のテーマであるようだ。「オーセンティック」という言葉も、彼は「あちら側」の表現として突き放す。 

 休暇に山や海に出かけて時を過ごすこともあるが、それは頭をリフレッシュするためであって、何かインスピレーションを得るためではない。

 「ぼくのメイン舞台は街だ。人の気配がある場所のコンテクストこそが作品の源泉だ。歴史的建造物ではなく、都市郊外の荒廃した空間、例えば、今は使われない工場跡などは絶好の対象だ」

 学生時代に教えをうけた写真家、グイド・グイディは人が注目しない地方の片隅にある光景にレンズを向けた先駆者の一人だが、その影響もあるのだろう。

 旅もする。が、漫然と新しい刺激を求めるのではなく、誰かに会う、何かを具体的に実践するために出かける。

 好きな国はクロアチアやアルバニアなど東ヨーロッパ。スペインならマドリード。バルセロナは「自分の行く場所ではない」とはっきりしている。リスボンも好みだ。北ならアムステルダム。ロンドンは好きではない。ブリュッセルも暗くて重い。

 「正直に言うと、家にいるのが一番いい」と笑う。

 ここでもエネルギッシュなクリエイターイメージをあっさりとひっくり返してくれる。

 ナラティブ(語ること。とくに話者自身が主体の物語)から距離をおく。ストーリーテリングなど、もってのほかだ。マーケティングの世界で当たり前のように使っている考え方を、バサバサと斬り捨てていく彼の発言は、実を言うとぼくにとって心地よい。

 あまりにビジネスの言語に生活感覚が侵されていると感じながら、そうは言ってもなかなか離れがたい言語を「たまに置き去る」勇気を与えてくれる。

 予定調和はロクなことを教えてくれない。  

 音楽を聴く。本を読む。これらの行為において、アレッサンドロはその世界にある「文法」あるいは「コンテクスト」を知ることに傾倒する。彼の目が輝くのは、そのなかに文法を崩すもの、いわば不協和音を見つけた時だ。

 作家や演奏者が意図的であろうと単なるミスであろうと、それは構わない。

 「マーケティングやコミュニケーションは受け手が期待するものを提供するわけだが、アートは受け手の予期していないところにボールを投げることだからね」とアレッサンドロ。

 アレッサンドロは、かつてはやや不摂生な生活をしていた。酒を飲む量も多かった。今は毎日、ちょっとした時間をみつけて走り、ストレッチをするようにもしている。まだやっていないが、ヨガにも興味をもってきた。

 体調と創造意欲の関係を自覚するようになったのである。

 冒頭の話題に戻ろう。

 「好んで食べるのは、生ものだね。肉でも魚でも貝でも、生がいい。野菜も。ワインは良く飲む。普通は白だ。出身のトレント産やヴェネト産が多い。ワインの最高級は赤だと思うが、そのレベルの赤じゃないなら、白を選ぶ」

 ワインを飲みながら時を一緒に過ごすプライベートライフの仲間は、アートとはまったく関係のない友人たちである。アーティストは四六時中、ほっぽっておくとものを考えてしまう。この癖を自覚しているからこそ、こうした普通の会話に没頭することを大切にする。

 ソーシャルメディアも美術館やギャラリーのアカウントはフォローせず、友人たちの投稿だけを眺める。

 それらの友人は幸せである。アーティストは自分が馴れている世界との距離の取り方を教えてくれるからだ。

安西洋之(あんざい・ひろゆき) モバイルクルーズ株式会社代表取締役
De-Tales ltdデイレクター
ミラノと東京を拠点にビジネスプランナーとして活動。異文化理解とデザインを連携させたローカリゼーションマップ主宰。特に、2017年より「意味のイノベーション」のエヴァンゲリスト的活動を行い、ローカリゼーションと「意味のイノベーション」の結合を図っている。書籍に『イタリアで福島は』『世界の中小・ベンチャー企業は何を考えているのか?』『ヨーロッパの目 日本の目 文化のリアリティを読み解く』。共著に『デザインの次に来るもの』『「マルちゃん」はなぜメキシコの国民食になったのか?世界で売れる商品の異文化対応力』。監修にロベルト・ベルガンティ『突破するデザイン』。
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ミラノの創作系男子たち】はイタリア在住歴の長い安西洋之さんが、ミラノを拠点に活躍する世界各国のクリエイターの働き方や人生観を紹介する連載コラムです。更新は原則第2水曜日。アーカイブはこちらから。安西さんはSankeiBizで別のコラム【ローカリゼーションマップ】も連載中です。