【論風】政策金利から最低賃金へ マクロ政策の主役を交代せよ

 
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 経営共創基盤CEO・冨山和彦

 伝統的にマクロ経済政策は金融政策と財政出動を軸として進められたが、長引く低金利に続いて平成後期にはマイナス金利へと突入、さらなる金融政策を打つ余地は極めて小さい。先進国共通に自然利子率の低下傾向が顕著な中、この状態は長期化しそうである。このようなマクロ環境の中で迎えた令和時代、これからのわが国のマクロ経済政策において金融政策にとって代わるべき切り札は労働市場政策であり、その核は最低賃金の引き上げによる労働生産性の向上と賃金上昇である。

 日本の労働生産性は、先進国の中でも群を抜いて低く、先進7カ国(G7)中、最下位である。特にサービス業における生産性は米国の約50%と顕著に低い。しかもサービス産業の国内総生産(GDP)比率は上昇を続け、今や全体の7割を占めている。

 大きい新陳代謝効果

 運輸、建設、卸・小売り、観光、医療介護など、サービス産業の多くは地域密着型の労働集約産業である。こういうローカルビジネスは地域内での競争なので実は淘汰(とうた)圧力があまり高くない。また、労働集約的ゆえに雇用吸収力が高く、圧倒的に中小企業が多いため、政治的に保護が優先されてきた。

 その結果、小規模で生産性が低い企業が数多く存在している。そこで最低賃金の引き上げを従来の最低生活保障的な社会政策の枠、すなわち弱い企業が潰れずに雇用を維持しながら何とか支払える水準を超え、より積極的な経済政策的として実施すると、経営者は業務プロセスの効率化や、高付加価値商品・サービスの開発などの経営努力を行い、労働者1人当たりの生産性を上げざるを得なくなる。

 私たちのこの領域における数多くの経営経験で言えば、実はここでの改善シロはとても大きいのだが、結果的にそれができなかった企業は淘汰され、結局、高生産性の企業に集約が進む。

 このように、最低賃金の引き上げは、労働生産性の低い企業に対して経営改善のインセンティブを与え、新陳代謝を促す効果がある。

 退出のための支援を

 伝統的な経済学者からは「賃金を無理やり上げると失業者が増えてしまう」という声が出るが、今の日本でこれは重要な懸念ではない。

 令和日本の人手不足は、景況とは関係なく、少子高齢化という構造的・慢性的要因で起きている。生産年齢人口の減少に加え、高齢者の増加により医療や介護などの労働集約的なサービスの需要が急増しているのである。今や雇用の頭数(失業者数)ではなく、雇用の質こそが本質的かつ長期的な問題なのだ。

 政府は女性活躍推進や、高齢者雇用および外国人労働者の受け入れ拡大などで人手不足に対処しようとしてきたが、これだけでは加速度的に進行する労働力需給の逼迫(ひっぱく)を解消できない。

 やはり、労働生産性を高め、日本国民の賃金を引き上げかつ長時間労働を改善し、消費を活発化させる成長循環を作ることが王道である。

 低賃金長時間労働企業には市場から退出してもらい、経営力があり人工知能(AI)などのイノベーションを活用できる優良企業に集約化した方が、そこに移る従業員も幸せだし、経営者とその家族も個人連帯保証による破産におびえる必要がなくなる。補助金を出すなら、企業の退出を穏やかに進める支援に使うべきである。

 最近、政府の経済財政諮問会議が、地方においても最低賃金を1000円以上に引き上げる方針を打ち出した。従前からこれを主張してきた私としてはわが意を得たり。これをワンショットではなく、労働市場政策から金融政策へ、最低賃金を政策金利に代わるマクロ経済運営の中心ツールとする契機としてもらいたい。企業経営者には、これを被害者意識で受け止めず、自社の生産性を高めて再成長するチャンスと捉え、「攻めの経営」に転ずる好機としてもらいたい。

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【プロフィル】冨山和彦

 とやま・かずひこ 東京大学法学部卒業、スタンフォード大学経営学修士(MBA)修了。1985年ボストンコンサルティンググループ入社、産業再生機構代表取締役専務(COO)などを経て2007年経営共創基盤(IGPI)設立。13年4月から経済同友会副代表幹事。58歳。和歌山県出身。