ローカリゼーションマップ

大企業を辞めた子供に親は何ができるか 「しぶとい社会」を作るため

安西洋之

 大企業に勤める知人が、自分の子どもの結婚話をしていた。

 「うちの子どもも結婚する相手も、それなりの大学を卒業して大企業に勤めている。相手の親もそうだ。だから、それぞれに共通の知人もいるし、話題も見つけやすく楽だ」と。

 「それなりの大学出身者」の「それなりの大企業に勤める人たち」が、日本の社会で一つのコミュニティーを作っている実感は前々からあった。だが、そのコミュニティーが次の世代に継承され「それが楽だ」と表現されると、あまり褒められたものではない。

 でも本人がそれで満足ならそれはそれで良い、大企業のクロースドな文化に嫌気がさして飛び出すのも本人の趣味。こう長く思ってきた。

 ぼく自身、大企業をやめてイタリアに行って仕事をしている。独立した当初は、大企業の組織の硬直ぶりなどを批判し、独立の意義を盛んに語っていた記憶がある。しかしながら、とっくの昔のある時期から、そういうことを話す気がなくなった。

 率直にいえば飽きた。

 今、大企業の人が勤め先の愚痴に熱心なのにはウンザリすることがある。が、だからといってその人に「そんな会社、辞めたらどうか」とけしかけることはしない。前述したように、本人の選択の問題だ。

 実は、それだけでは済まされない面がある。冒頭で紹介したエピソードと関わる。

 大企業を辞め、まったく別の道を探したいと思いはじめた子どもを前にして、親が示唆できることがあまりに少ない現実だ。

 実際、何人かの知人や友人が、子どもが無職になってオロオロしているのを見る。子どもが再び無職になることを想定しないで生活を設計してきたから、オロオロするだけではない。

 子どもが何に不満で大企業を辞めたのかは、それこそ自分自身や同僚・若いスタッフたちの気持ちを思い起こせば、理解できないことではない。「自分だって、境遇さえ許せば、若い時に辞めたかった」とも思うだろう。

 オロオロするのは、これからの子どもの人生にどういう選択肢があるのか、まったく勘が働かないからである。何かの道を示すことが親としてできない。まず、その自分に愕然とするのだ。

 ある年齢になってからの子どもの「心変わり」に、何から何まで面倒をみることはないが、陰になりながら子どもと一緒に走ることが想像できない。

 なにせ、自分の周囲も大企業の人間が多いので、それ以外の職場や職業のモデルがあまりに乏しい。下請け業者の先の位置にあるくらいの人が、どんな想いで人生を送っているのか実感が湧かない。

 その現実を自ら見つめるのが定年で退職した後のことであるが、現役時代においては全く別世界である。

 つまりは経済的なサバイバルの方法から、世界の多角的な見方に至るまで、親は適切なアドバイスができない。

 無職になった子どもがスタートアップを目指し、どこかの経営者の言葉に酔心しているのなら話は別だが、「大企業をやめたけど、これから何をすれば分からない」という子どもに、親がなかなか寄り添えない。

 大企業や官庁に勤める人たちが「情報弱者」と言われるようになって久しい。かつては大きな組織にいるからこそ、情報が集中して全体がみえた。しかし、情報が分散している現状にあっては、囲いのなかにある大きな組織は逆にそれらの情報に疎遠になってきた。

 しかも従業員のソーシャルメディアの利用に制限をかけている企業も珍しくない。ますます「大企業村」から離れた場所のことが見えにくくなる。親が子どもの就職に際して大企業を勧めるのは、それ以外の世界を単に知らないからということもあるだろう。

 繰り返すが、大企業そのものの問題点を指摘するのが、本コラムの目的ではない。大企業に勤める親が、自分の子どもにどう多様な道を示せるか。これに尽きる。

 その観点でみたとき、大企業に勤める親たちの問題は、社会全体の大きな問題として浮上してくる。どのようにしたら「しぶとい社会」、即ち、子どもたちがさまざまな苦境に直面したときにサバイバルできる術をもっている、という社会が作れるだろうか。

 親自身が「大企業村に住むのは楽だ」との意識を、子どものために捨てることからスタートすることかもしれない。

安西洋之(あんざい・ひろゆき) モバイルクルーズ株式会社代表取締役
De-Tales ltdデイレクター
ミラノと東京を拠点にビジネスプランナーとして活動。異文化理解とデザインを連携させたローカリゼーションマップ主宰。特に、2017年より「意味のイノベーション」のエヴァンゲリスト的活動を行い、ローカリゼーションと「意味のイノベーション」の結合を図っている。書籍に『イタリアで福島は』『世界の中小・ベンチャー企業は何を考えているのか?』『ヨーロッパの目 日本の目 文化のリアリティを読み解く』。共著に『デザインの次に来るもの』『「マルちゃん」はなぜメキシコの国民食になったのか?世界で売れる商品の異文化対応力』。監修にロベルト・ベルガンティ『突破するデザイン』。
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ローカリゼーションマップ】はイタリア在住歴の長い安西洋之さんが提唱するローカリゼーションマップについて考察する連載コラムです。更新は原則金曜日(第2週は更新なし)。アーカイブはこちら。安西さんはSankeiBizで別のコラム【ミラノの創作系男子たち】も連載中です。