【ミラノの創作系男子たち】「ムラトーレ」の息子のチャーミングな仕事 ジュエリー作家になったわけ
最初に正直に言っておきたい。アクセサリーやジュエリーの作品に、これまで心を動かされた経験があまりない。しかしながら、宣伝ではなく、アントニオ・ピルソのジュエリーをみたとき、この人の話を聞きたいと瞬間的に思った。
彫刻作品である。それがたまたま理由あって小さいサイズに収まっている。とすると、その「たまたま」とは何だったのだろうか。それを知りたいと思った。
ぼくはアントニオにインタビューをはじめたとき、「あなたはアルティジャーノ(日本語でいう職人)と名乗っているが、あなたの作品からするとアーティストと呼ばれるに相応しいと思う。あなたは、どちらで呼ばれたいか?」と第一に聞いた。
「14歳でこの仕事を始めたとき、自分をアーティストのような価値はないと感じていたが、23歳で独立し、ある時にアーティストであるとも自覚した」と60歳周辺らしい彼の言葉が返ってきた。
アルティジャーノは何らかの仕事の再生産に関わり、アーティストは自身の内部にある掴みがたいものを表現する人である、というのが彼の定義だ。
「アーティストではなく、心ではいつもアルティジャーノだ!」というような変に気張った印象がなく、ぼくは彼の話に一気にひきこまれた。
彼の父親は南部のカラブリアの出身で、ミラノにはアントニオが小さい時に移民としてやってきた。ムラトーレ(左官屋)である。イタリアでは家の新築から修復までふくめ、ムラトーレが活躍する範囲は広い。
16世紀の建物の内部を修復するなど古い建物を相手にすることも多かったアントニオの父親であるが、移民のムラトーレの息子であることがアントニオには嫌で堪らなかった。
都会の気取った連中に低く見られているような気がして仕方がなかった(実際、「気がしただけ」ではなかったのだが…)。
そうして昔を思い起こしているうちに、彼の目から涙が落ちてくる。目がうるむのではなく、涙が落ちるのである。
アントニオがジュエリー作家になろうと思ったのは、父親が中世の建物の壁を崩して古い釘を沢山仕入れてきたときだ。アントニオはそれらの釘を二分割し、金を使って作品を作った。そうしたら、ジュエリーとして売れに売れた。この経験が方向を決定づけた。
自分のオリジナリティーは、古いセメントや鉄あるいはレンガというムラトーレが扱う素材にあると自覚した彼は、その後、「ムラトーレのジュエリー作家」と称するようになる。
もちろんダイヤもふんだんに使う。ただ、いわば「無難な売れ筋」にあるデザインにダイヤを使うだけでなく、彫刻としか見えないような大ぶりの指輪に、そっとダイヤが置かれていたりする。
そして彼の作品の不思議で魅力的なところは、テーブルに置かれていると大ぶりに見えるにも関わらず、指に嵌めるととてもバランスがとれている。
アントニオにどんな勉強をしてきたのか?と聞いてみた。
「14歳から働きながら、夜間の職業学校でジュエリーをやるうえで基礎的な技術や地質学も学んだ。一方、ある時からコンテンポラリーアートの作家などもよく研究するようになった」
ああ、やっぱり。そう思って周囲を見渡すと、部屋の隅に1メートル以上の高さの彫刻があるのに気づく。
「あれ、あなたの作品? 趣味で?」
「そう、趣味でもあるけど、売ってもいる」
これで合点がいった。彼の「たまたま」ジュエリー作家になった背景の全容が見えてきた。
そこで、ぼくは脈絡なく、「あなたの朝は早いでしょう?」と聞いた。身体をよく動かすこのような人は、早朝から何かをする習慣がある場合が多い。
案の定、早朝からジョギングや自転車で汗をかくのが好きらしい。冬の週末は山のセカンドハウスを拠点にスキーに余念がない。
彼のビジネスをみていて意外に思えることが2つある。
一つは「知性溢れ、美しい」(アントニオ談)奥さんが大手銀行の現役社員であることだ。若き日にジュエリーの店をオープンさせ軌道にのせた場合、奥さんが経理などバックオフィスをみていることが多いが、彼の奥さんはその頃も今も銀行員である。
2つ目は、20代の2人の息子が、同じようにアルティジャーノとして父親の職場で働いていることだ。3年前からだ。地方の小さな町の家族経営の会社ならいざしらず、ミラノのような都市で成功したジュエリー店の息子は、経営学を勉強して外で修業する、デザインやコミュニケーションを勉強して自らの手は汚さない選択をする例をみる。
しかし、2人の息子たちの技量は父親の目からすれば「まだまだ」であるが、工房で手を使ってモノを作っている。確かに若い世代の一部に、職人の世界への憧れをみることがあるが、息子が両方とも親父の道を継ぐことにしたのは、アントニオの姿があまりにチャーミングだったのではないか。
まったくの想像であるが、親子4人の食卓でアントニオはやはり涙を流すのではないかと、そのシーンをぼくは思い描いた。
泣くことに抵抗がない大人の男には、そうとうに惹かれる。それをぼくはアントニオとの会話の中で初めて気づいた。
【プロフィール】安西洋之(あんざい・ひろゆき)
De-Tales ltdデイレクター
ミラノと東京を拠点にビジネスプランナーとして活動。異文化理解とデザインを連携させたローカリゼーションマップ主宰。特に、2017年より「意味のイノベーション」のエヴァンゲリスト的活動を行い、ローカリゼーションと「意味のイノベーション」の結合を図っている。書籍に『イタリアで福島は』『世界の中小・ベンチャー企業は何を考えているのか?』『ヨーロッパの目 日本の目 文化のリアリティを読み解く』。共著に『デザインの次に来るもの』『「マルちゃん」はなぜメキシコの国民食になったのか?世界で売れる商品の異文化対応力』。監修にロベルト・ベルガンティ『突破するデザイン』。
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ローカリゼーションマップとは?
異文化市場を短期間で理解すると共に、コンテクストの構築にも貢献するアプローチ。
【ミラノの創作系男子たち】はイタリア在住歴の長い安西洋之さんが、ミラノを拠点に活躍する世界各国のクリエイターの働き方や人生観を紹介する連載コラムです。更新は原則第2水曜日。アーカイブはこちらから。安西さんはSankeiBizで別のコラム【ローカリゼーションマップ】も連載中です。
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