【ローカリゼーションマップ】日本の果物は高い!? 訪日客の不満が異文化理解に達しない訳

 
※画像はイメージです(Getty Images)

 イタリア人たちの日本旅行の感想を聞くのが面白い。今年の夏休みも、何人かの友人が日本に出かけたので、ぼくにとっては彼らの経験談を聞き、楽しんだり考えたりという季節だ。

 もう何回も通い慣れた人を除くと、まず共通した反応は、食事のバリエーションの多さへの興奮だろう。世界各国料理があるだけでなく、和食でもさまざまに専門店がある。寿司、天麩羅、ラーメン、そば、焼き鳥、牛丼…もうこれだけで、驚きだ。

 そして、殊に昼食の定食の安さにびっくりする。1000円もあれば、十分の量のあたたかい食事が出てくる。およそ8ユーロ(120円/ユーロ)で定食をとることは、ミラノ郊外のややうらぶれた地域に行っても難しいかもしれない。パニーノと飲み物といったレベルが普通だ。

 そうした彼らが、日本滞在中にあまり口にしないものがある。それは果物。逆に値段が高すぎる。例えば、ミラノでりんご一個は20~30円のレベルからある。日本では数倍するのを店頭で見て、手が出ない。しかも、どこかの料理屋さんに入ってデザートにある果物は「繊細過ぎる」。

 実は、それなりにボリュームのある生野菜も、日本の外食で食べるのはそう易しくない。

 となると、会話の流れとしては、最初に興奮するネタで熱くなり、「でもね…」みたいな不満がでてくる。

 こうした展開はこのネタに限ったことではなく、山手線や新幹線の本数と定時運行に感動し、「しかし、あのメンタリティについていけないだろうな」と我が身に引き寄せ、日本の経験を「異文化のよき思い出」とのカテゴリーに閉じ込めようとする。

 日本の人がイタリアに旅行に来てもまったく同じである。

 日本とは違う世界に浸る経験を優先するので、イタリアのスローな生活を理想郷のように見て、「これが、あるべき生活ですね!」と目を輝かせる。だが、日本に戻ると、「ああいう生活はできないね、どうやって仕事すればいいのだ?」との疑問が最後に残ったままになる。せっかくお金を使っているのだから、そういう旅行記にならないために、ポジティブなところですべてを「一時停止」にしておきたいとの思いにもかられる。

 どうも観光旅行にはコツがあるようだ。

 ビジネスの出張は次のステップがないと意味がないが、観光旅行とは次のステップを想定しない旅行である。

 つまり、良き思い出がたくさんあり、苦い思い出があまりないのが大切で、あるいはネガティブな点は「自分の生活には関係ない」から見ないことにするのが観光旅行である。ビジネスのための出張が、ネガティブな部分を分析し、自分のビジネス全体での位置をおさえていこうとするのと反対である。

 もちろん、その土地の生活を全く見ないということではない。スーパーの棚を眺めて、その国の物価や食生活を知るのを楽しむ人は多い。しかし、適当なところで「退散」するのがコツである。

 いや、退散せざるを得ない。その先は、その土地の言葉を喋り、他人の家庭に入り込み、家族の悩みまで聞かないと見えてこないのだから。

 「そんなこと分かっている」と言うかもしれない。「でも、もっと知りたい」と熱をこめながら、「自分はもっと突っ込んでいっている」と話す人がいる。

 だが、しょせん観光旅行である。観光旅行をしながら、気分だけルポライターになっても空回りするだけである。この「しょせん」が良いのだ。

 気分転換になり、新しい知識や経験も適度に増える。その程度で十分なのである。しかし人は良い意味での向上心もあり、どうしてもその先の「川を渡ってしまいたい」欲がでてくる。

 その需要に答えようとする特別仕立ての旅行企画もある。だが、川を渡っていないのに、川を渡った気にさせるのは罪である。「その国の文化がこの行動と日数で、ここまで分かった、それで十分だ」と高いレベルで満足するありようを探るのが成熟した旅行者だろう。

 というわけで、人の旅行話というのは、思いのほか、人格や教養がもろにでるものである。だから他人の話を聞くのは面白く、自分が話しをする時は、それなりに気をつけた方がよい、ということになる。

【プロフィール】安西洋之(あんざい・ひろゆき)

モバイルクルーズ株式会社代表取締役
De-Tales ltdデイレクター

ミラノと東京を拠点にビジネスプランナーとして活動。異文化理解とデザインを連携させたローカリゼーションマップ主宰。特に、2017年より「意味のイノベーション」のエヴァンゲリスト的活動を行い、ローカリゼーションと「意味のイノベーション」の結合を図っている。書籍に『イタリアで福島は』『世界の中小・ベンチャー企業は何を考えているのか?』『ヨーロッパの目 日本の目 文化のリアリティを読み解く』。共著に『デザインの次に来るもの』『「マルちゃん」はなぜメキシコの国民食になったのか?世界で売れる商品の異文化対応力』。監修にロベルト・ベルガンティ『突破するデザイン』。
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ローカリゼーションマップとは?
異文化市場を短期間で理解すると共に、コンテクストの構築にも貢献するアプローチ。

ローカリゼーションマップ】はイタリア在住歴の長い安西洋之さんが提唱するローカリゼーションマップについて考察する連載コラムです。更新は原則金曜日(第2週は更新なし)。アーカイブはこちら。安西さんはSankeiBizで別のコラム【ミラノの創作系男子たち】も連載中です。