【ミラノの創作系男子たち】世界中で「ポチョムキン村」を追いかける男 危険承知のアートの目的とは

 

 「ポチョムキン村」というのは固有名詞ではなく、普通名詞である。帝政ロシアの時代、公爵・陸軍大将にして、女帝エカチェリーナ2世の愛人でもあったグレゴリー・アレクサンドロヴィチ・ポチョムキンが、1787年、クリミアに壮大なハリボテの街を作った。女帝が視察するルートをファサード(建物の正面部分)だけで囲ったのだ。

 このエピソードから、こうしたハリボテの街が「ポチョムキン村」と称されるようになった。ロシアのプーチン(大統領)もモスクワからそう遠くない距離にも「もぬけの殻」のような街を作っていると知ったオーストリアの写真家、グレゴール・サイラーは、「この手の施設はどこにでもあるはず」と世界中にあるポチョムキン村を探し求め、カメラに収めるプロジェクトをはじめた。

from the series The Potemkin Village Carson City V?rg?rda, Sweden, 2016

 中国の観光目的の施設もこのカテゴリーに入る。しかしながら、グレゴールが気づいたのは、圧倒的に存在感のある軍事目的のポチョムキン村である。

 しかもロシアなどの旧共産圏だけでなく、ドイツ、フランス、オランダ、スイス、スウェーデンなど西ヨーロッパにも必ずあることをつきとめた。欧州最大の「モックタウン」(まがいものの街、という意味でグレゴールが使っている)には、使われることもない空港や地下鉄まである。

 ギャラリーで個展を開くためにミラノにやってきたグレゴールに、ぼくは質問した。現在、欧州大陸の各国が想定する戦争とは無人兵器にみるように、衛星を使った空中戦ではないのか?と。

 「もちろん、その準備も進めている。しかし、ポチョムキン村の建設に莫大な予算を各国の軍事組織が使っているのをみると、地上戦も想定していることは明らかだ。それでないとモックタウンに投資している意味が説明できない」とグレゴールは答える。

 いわば計画されたゴーストタウンである。これらがスイスの山奥やフランスの広大な平原のなかにある。もちろん一般人が、それらを目にすることはできない。ゴーストタウンを囲む一帯も軍事施設に指定されているからだ。

 「撮影するのはわずかな時間だが、そこに到達するまでが苦労だ」

 ポチョムキン村の情報はネットで探し、どの情報が正しそうか真偽を確認していく。その次に各国の大使館や軍事組織に自分のプロジェクトを説明していく。言うまでもなく、ガセネタや先方の機密上の理由で“敗退”することも少なくない。

 このように十分な資料収集と交渉を延々と重ね、撮影許可がおりるまでのエネルギーと時間が彼の仕事の多くを占める。ストレスといえば、これほどストレスフルなこともないだろう。

 彼は取材を、この段階ではジャーナリスティックな活動とは捉えていない。あくまでもアーティストである。だから彼自身がペンをとって書くことはない。ただ、写真集として出版された後、各メディアやジャーナリストがグレゴールにアプローチしてきたステップで、彼自身が協力することはある。

グレゴール・サイラー氏

 グレゴールの追い続けているテーマは「人工的な空間のなかに人のいない風景」である。

 ポチョムキン村の前は、大規模な油田施設や工場が対象であった。あるいは氷点下50度の早朝の街にも人の姿は見えない。かつて第二次世界大戦で活躍したドイツの戦闘機・メッサーシュミットの製造工場に入ったこともある。ドイツ敗戦後、米国やフランスにこのような施設は破壊されたが、ひっそりと隠れた場所に一部が残っているものがある。

 「人の表情を撮って逃げるのが好きではない」

 人物を撮影すれば、いずれにしてもストーリーが作りやすい。彼はそれを避ける。

 彼の活動を聞いていると、何となく孤独な雰囲気が漂う。

 「家族は?」

 「4人の子どもがいる。奥さんは、ぼくの仕事の性格をよく分かってくれ、応援してくれている。とっても感謝しているよ」

 この答えを聞いて、ぼくは心なしか安心した。世界中、人のいない風景ばかりを撮り歩き、自宅に帰って誰もいないのでは寂しいではないか。

 彼の仕事のテーマを聞くと、多くの人は「なぜ、そんなリスキーな仕事に情熱を傾けるのか」と言ってくる。生命を危うい局面に晒すわけだし、実際に現場に出向いても撮影できないこともある。過去、撮影した画像を全て廃棄するように当局から求められた経験もある。

 グレゴールに「歴史を描いていくのが好きにみえるが、どうなのか?」と尋ねると、次のようなコメントが戻ってくる。

 「もちろん、そういうことに興味があるが、第一にはこない。ぼくは、幻想とも見える人工物が、今の社会の発展にどう繋がるかを追求していきたい」

 グレゴールは世捨て人ではないのだ。今に生きるアーティストだ。

 最後に次のテーマを聞いてみた。「孤独死」だと言う。「lonely deathは、日本でkodokushiと言うのでしょう?」と確認しながら。

 「これも世界各地にある題材だが、日本で孤独死にあった人の家を片付けるサービスがあると知った。そのクリーニングをする前の光景を撮影したい。誰か詳しい人を知らないか?」

 こう逆に質問を受けた。なるほど、今までのような巨大な空間ではないが、小さな人工構造物に誰もいないのも、彼のカバーする領域に違いない。

【プロフィール】安西洋之(あんざい・ひろゆき)

モバイルクルーズ株式会社代表取締役
De-Tales ltdデイレクター

ミラノと東京を拠点にビジネスプランナーとして活動。異文化理解とデザインを連携させたローカリゼーションマップ主宰。特に、2017年より「意味のイノベーション」のエヴァンゲリスト的活動を行い、ローカリゼーションと「意味のイノベーション」の結合を図っている。書籍に『イタリアで福島は』『世界の中小・ベンチャー企業は何を考えているのか?』『ヨーロッパの目 日本の目 文化のリアリティを読み解く』。共著に『デザインの次に来るもの』『「マルちゃん」はなぜメキシコの国民食になったのか?世界で売れる商品の異文化対応力』。監修にロベルト・ベルガンティ『突破するデザイン』。
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ミラノの創作系男子たち】はイタリア在住歴の長い安西洋之さんが、ミラノを拠点に活躍する世界各国のクリエイターの働き方や人生観を紹介する連載コラムです。更新は原則第2水曜日。アーカイブはこちらから。安西さんはSankeiBizで別のコラム【ローカリゼーションマップ】も連載中です。