働き方ラボ

社会人生活に幻滅? 「学生時代に戻りたい」と嘆く若者に伝えたいこと

常見陽平

 学生時代を振り返ると…

 夏が終わった。新入社員たちも、社会人になって半年になる。中には「学生気分が抜けない」若者も散見される。

 就活での定番質問といえば「ガクチカ」だ。「学生時代に力を入れたこと」の略である。「サークルを立ち上げた」「みんなの意見を聞いて合宿を成功させた」「学園祭でタピオカミルクティーの店を立ち上げ、◯万円稼いだ」など、成功体験のプレゼンが行われる。

 たまに仕事に追われているとこんな感情が湧き上がる。「学生時代に戻りたい」と。

 しかし、ここで問いかけたい。「学生時代とは、そんなに美しく、素晴らしいものだったのか?」と。必ずしもそうではないはずだ。いかにも学生が就活で語るガクチカのような、美しい思い出が苦い日々を完全に覆い隠しているからこそ、そう思うのである。日々、仕事に追われていると学生時代は美化される。昔の仲間と再会する機会は同窓会や結婚式だ。悲しいことに、年齢を重ねるとお通夜や葬式ということもあるのだが。この手の場所では、やはり美しい思い出や、楽しいバカ話が語られる。

 実際は今の会社員生活同様の終わらない日常がそこにはあり、退屈したり、悶々としていたのではないだろうか。学生時代のスケジュール帳や、SNS投稿などを振り返ってみるといい。単位を消化するためだけに参加する講義、バイト先での理不尽な体験、サークルの面倒くさい人間関係、意思の疎通がうまくいかずなんとなく終わってしまった恋愛、金欠の日々などが蘇ることだろう。

 大学に何か過剰な期待をしてしまい、ガッカリしたことだってあるだろう。リア充になりたい、イケてる自分になりたいと思い、そうはなれない日々を。

 『全員くたばれ!大学生』

 そんな青春の悶々とした想いを描いた傑作漫画がある。『週刊SPA!』で連載中のサレンダー橋本による『全員くたばれ!大学生』である。この度、めでたく第1巻が単行本化された。

 この物語の主人公はある大学(大学名はウェブメディアでもとても書けない卑猥な名前なので割愛する)の哲学科に入学した亀田哲太という、いかにも非モテなルックスの男子学生である。5月になっても友達ができず、悶々とする日々をおくっている。教室内にいる、チャラい集団、パリピ軍団、内部進学組たちの声を盗み聞きする日々をおくっている。

 サブカル映画好きなどの文化系集団に近づこうとしたり、背伸びしたロックファッションを着ようとしてみたり、麻雀や楽器など出来もしないことを出来ると言ってみたり、スタバでバイトをしているフリをしたり…。

 大学生活で最も辛いと言われる大学1年生の世知辛さを描ききっている。パリピにも陰キャにもなりきれない、しかも、どこにもいられない辛さが、痛いほど表現されている。

 私は『週刊SPA!』が大好きでしょうがなく、毎週楽しみにしているのだが、この連載だけは必ず読むことにしている。しかし、1話も欠かさず読んできたのにも関わらず、単行本を一気に読んだ際の破壊力、その決して後味のよくない読後感がたまらない。「大学時代には戻りたくないな…」と思わずつぶやいてしまった。そして、大学教員として学生と日々接しているのだが、彼ら彼女たちのことを本当に理解しきれているのか。反省してしまった。

 社会人生活に対する悩み

 この「居場所」の問題こそが、多くの学生が悩んでいることではないだろうか。いつの間にか、友達グループは固定化されていく。どのグループに属するのか、グループに入ることができるのか、いつグループを離脱するのかで若者は悩む。グループに入るにしても、周波数合わせが大変だ。そう周波数合わせのために、ついつい無理をしてしまう。こうして疲れきってしまう。

 私も大学時代はついつい、サークルやゼミなどの美しく、楽しい日々を思い出してしまう。ただ、一方で戻りたいかというとそうでもない。やはり居場所に悩んだ時期もあったし、将来の先行き不透明感で悩んだこともあった。背伸びして吉祥寺のライブハウスに通ってみたが理解不能な音楽で退屈な想いをしたし、やはり背伸びして理解不能な本を読みますます迷走したりもした。人間関係で悩んだのも一度や二度ではない。退屈な講義に疲れ、アルバイトを一生懸命やってみたが、お金を稼ぐのは楽しかったが、同じだけの虚しさも味わった。

 話すときりがないが、学生生活が楽しく美しいというのは幻想だ。美化されているだけである。楽しい思い出もあるが、戻りたいかというと、冷静に考えるとそうでもないはずだ。これもまた生き地獄である。

 もし、社会人生活に悩んでいる若者がいたら、ぜひ、相談にのってあげよう。解決できる問題は協力しよう。一方で、美しい大学時代など幻想であることもちゃんと諭してあげよう。私は自信を持って言える。いまが、一番楽しい、と。

常見陽平(つねみ・ようへい) 千葉商科大学国際教養学部専任講師
働き方評論家 いしかわUIターン応援団長
北海道札幌市出身。一橋大学商学部卒業。一橋大学大学院社会学研究科修士課程修了。リクルート、バンダイ、クオリティ・オブ・ライフ、フリーランス活動を経て2015年4月より千葉商科大学国際教養学部専任講師。専攻は労働社会学。働き方をテーマに執筆、講演に没頭中。主な著書に『なぜ、残業はなくならないのか』(祥伝社)『僕たちはガンダムのジムである』(日本経済新聞出版社)『「就活」と日本社会』(NHK出版)『「意識高い系」という病』(ベストセラーズ)など。

【働き方ラボ】は働き方評論家の常見陽平さんが「仕事・キャリア」をテーマに、上昇志向のビジネスパーソンが今の時代を生き抜くために必要な知識やテクニックを紹介する連載コラムです。更新は原則隔週木曜日。アーカイブはこちら