ローカリゼーションマップ

「日本人は心配性だから過剰管理」 台風が外国人の日本文化理解に与えた影響

安西洋之

 文化を分かるとは?という課題を長年考えてきた。そうしたなかで文化を語るのは、一人称でしかありえないと思ってきた。文化は「どこかの権威ある人が理解」するのではなく、「私が理解する」ものである、と。このことを再認識する機会が最近あった。

 今月6日からの1週間、ミラノ工科大学ビジネススクール主催で、日本企業の製品開発プロセスなどを学ぶツアーが実施された。同大の経営工学部で教鞭をとるモニカ・ロッシがプロジェクトリーダーで、今年で3年目の実施になる。参加者は企業のチーフエンジニアなどが多い。

 今さら日本企業に学ぶって?と思う人もいるかもしれない。これだけ生産性の低さが話題になり、イケテない製品しかできないと自信を失っている日本の人が多いなかでも、国外の人からすると見るべきものはある。

 トヨタが世界各地に工場を1980年代からつくりはじめ、それまでに国内で確立してきた生産・品質管理システムが国外で運用されるようになり、その考え方を米国や欧州の人たちが広めた。そして、その考え方は、徐々に開発プロセスにも適用されるようになっていく。

 そして、そうなればそうなるほど可視化されない部分も多く、その背景を知る必要がでてくる。どこかに日本文化独自のメンタリティが存在するならば、その部分の理解なしに開発プロセスを自分たちの仕事に適用するのは難しい。

 そのためツアーでは伝統的メーカーだけでなくITやサービスの企業も訪れ、開発者と議論を重ねる。最後には寺で座禅も組み、日本のビジネス文化の全体像に迫っていく。

 最後のラップアップでは、企業訪問中に見聞した事象について、日本文化独自の要素が強いもの、ユニバーサルな性格が強いものなどに分類し、その判断の理由を話し合う。

 今年の参加者の殆どが日本は初めてで、日本企業と直接仕事をしたことがない人たちであったためか、あるいは訪問した企業が抜きん出ているためか、見聞したことをユニバーサルであると受け取った人たちが比較的多かった。

 事業のビジョンを表現する言葉、現場でみるシステム、これらが世界のあらゆるところで見るものと共通性が高いとの印象を受けたわけだ。

 ところで彼らの日本文化への理解は、6日目の10月11日以降、さらに深まっていく(あるいは、印象が微妙に変化していく)。即ち、台風19号の影響で欧州への帰国便の変更や中止の連絡が航空会社から各自のスマホに届き、同じころ公共交通機関が計画運休を発表した日である。

 それぞれに違った飛行機を予約していた。だから航空会社の対応はさまざまだ。

 そこで飛行機の日程が大幅にずれること(欧州便は遠いため機材のアレンジが近距離よりも手間取るケースが頻発)により、都内のホテルの予約や空港までの足の確保が緊急対策として浮上してきた。しかしながら、足止めを食った人たちは他にも沢山いて、そう簡単にはいかない。

 こうした際、各機関・企業の対応が「過剰に硬直的ではないか」との感想をもつ参加者が増えてくる。例えば「成田空港まで12日の早朝に電車かタクシーで行けば、なんとか飛ぶ午前中の飛行機に間に合う。早朝の電車かタクシーを予約したい」と言っても、どこのタクシー会社も12日の運行は保証できかねるから予約を受けない。電車は予約できるが、運行自体が怪しい(リムジンバスは予約可能だったが、既に席は一杯だった)。

 もちろん、12日早朝に予約なしで掴まるタクシーがあるかもしれないが、雨の状況によってはタクシーが走らず、空港まで行けない可能性もある。そうなると「だいたい、電車の計画運休という対処がやり過ぎ」と槍玉にあがってくる。

 日本人は(欧州人と比べて)心配性という傾向がある。それが管理システムのきちんとした運営に貢献している。そう理解したばかりの後だから殊に、心配性だから計画運休に至っているのではないかと推測しようとする。

 しかしながら、過去、これまでも散々と自然災害で右往左往させられながらも、およそ日本での防災の考え方が大きく変わったのは2011年の東北の震災ではないか。大規模な計画運休も、ごく最近にスタートしたシステムに過ぎない。 

 それまでは、それぞれの災害時に独自の対応システムができても、どちらかといえば、底流には「『自然の暴力』には運命を委ねるしかない」という姿勢が主だったと思う。そして自然と対峙して立ち向かうのは西洋思想であるとの対比をもってくる。

 計画運休は自然に身を委ねる姿であると言えなくもないが、日本文化の1つとして捉えるかどうか、ぼくにはまだ判断できない。

 いずれにせよ、これを直接トラブルとして体験した1人の外国人は、どうしても文化的要素の入ったものとしてアクセントを強めて解釈しようとする。

 文化理解とは1人の個人的体験に基づくものである以上でも以下でもない。多くの人がそれぞれの体験で違った文化理解を示すことは、社会にとっても意義あることだ。これは確かだ。

安西洋之(あんざい・ひろゆき) モバイルクルーズ株式会社代表取締役
De-Tales ltdデイレクター
ミラノと東京を拠点にビジネスプランナーとして活動。異文化理解とデザインを連携させたローカリゼーションマップ主宰。特に、2017年より「意味のイノベーション」のエヴァンゲリスト的活動を行い、ローカリゼーションと「意味のイノベーション」の結合を図っている。書籍に『イタリアで福島は』『世界の中小・ベンチャー企業は何を考えているのか?』『ヨーロッパの目 日本の目 文化のリアリティを読み解く』。共著に『デザインの次に来るもの』『「マルちゃん」はなぜメキシコの国民食になったのか?世界で売れる商品の異文化対応力』。監修にロベルト・ベルガンティ『突破するデザイン』。
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ローカリゼーションマップ】はイタリア在住歴の長い安西洋之さんが提唱するローカリゼーションマップについて考察する連載コラムです。更新は原則金曜日(第2週は更新なし)。アーカイブはこちら。安西さんはSankeiBizで別のコラム【ミラノの創作系男子たち】も連載中です。