「知事は勝ったんです」 五輪マラソン開催地変更“合意なき決定”の舞台裏
“負け戦”をどう挽回するか、焦点はそこにあった。東京五輪陸上のマラソンと競歩が札幌市に奪われる形となった国際オリンピック委員会(IOC)などとの交渉。開催都市を見下すようなIOCの強権ぶりが目立ち、苦渋の選択を迫られた小池百合子知事への批判は想定以上に少ない。来夏に予定される知事選は、五輪開催の直前。今回の決定は小池氏の再選に影響するのか。知事が「合意なき決定」を決断した理由は。交渉の舞台裏を探った。(天野健作)
未明まで協議
「『受け入れ表明』と書かないでほしい」。IOCなどとのトップによる4者協議を控えた前日の10月31日深夜。記者(天野)に都庁幹部から電話があった。この時点で、札幌変更案に同意できる条件はそろっていなかったという。
その日夜はIOCなどと都内のホテルで歓迎パーティーがあり、ラグビー日本代表のチームソング「ビクトリーロード」を参加者で歌った。小池知事は会場を後にする際、記者団に「楽しかったですよ」と一言。すぐさま都庁に戻って幹部らと話し合い、退庁したのは11月1日午前0時を過ぎていたが、この時点でも結論は出ていなかった。
翌早朝からも幹部らが集まって策を練る際、知事はIOCのトーマス・バッハ会長から同日午前2時ごろ届いたというメールを紹介した。落胆している都民を励まし、東京で記念マラソンを開催する案が記されていた。
最低条件だった経費を都が負担しないだけでなく、札幌案受け入れのために「プラスアルファ」が求められていたところ、「渡りに船だった」と都幹部は述懐する。
事前情報なし
「あえて申し上げるなら、合意なき決定だ」。小池知事の印象的なフレーズが飛び出したのは、1日正午から開かれた4者協議の場。札幌案に賛成も反対もできない。「IOCの決定を妨げることはしない」との受け入れ表明だった。
関係者によると、事前に事務方が用意した資料にそのフレーズは入っていなかった。数十分前に知事自身が考案したものだという。
IOCの札幌案が公表されたのは10月16日。小池知事は前日の15日に、組織委の武藤敏郎事務総長から直接聞かされた。組織委に都職員を800人以上も送り込んでいながら、事前に情報を得られなかった。
五輪は「政治」が如実に表れる。政治判断を下す際に重要な情報収集に難があったことは知事側の失点だろう。わずか2週間ほどで、東京大会開催を揺るがすほどの判断を強いられるのは酷だったに違いない。
再選へ影響は
「知事は勝ったんです」。後日、記者と酒を酌み交わした都の職員はこう胸を張った。経費負担を回避し、記念マラソンを得て、「合意なき決定」のアピールでIOCに膝を屈しなかった。小池知事は「決まっていると言い張る相手に対して、交渉するのはタフだった」と総括する。
しかし花形競技を奪われたことの損失は大きい。札幌変更案をめぐり、都に寄せられた意見の中で賛否を示す内容のうち、88%に当たる368件が札幌案に反対する意見だった。
都議会最大会派の「都民ファーストの会」は沿道を訪れる観客の消費や波及効果を含めて、「損失は数百億円」と算定している。
ただ、小池知事への風当たりは弱い。むしろ札幌市側へ「辞退すべきだ」などの抗議電話が押し寄せているという。
来夏に予定される知事選で対立候補を検討している自民党都連は1日、「決定は残念でならない」という幹事長談話を出しただけで、小池知事への批判はなかった。一方で共産党都議団は「都にも重大な責任がある」と追及した。
小池知事が再選出馬を明言していない次の知事選がどう転ぶかは不透明だ。ただ、世論を味方に付け、批判を遠ざけた知事の大きな失態にはならなかったとは言えるだろう。
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