【ビジネスパーソン大航海時代】慶大出身の元医師が起業で「早く大きく人の役に立つ」~航海(15)

 
山口太朗さん

 今回は、慶應大学医学部を経て医師になりながらも3カ月で辞め、いまでは起業家となっている山口太朗さん(株式会社Salt代表取締役)についてお話させてください。

 みなさんは、もし医者という免許を持っていたとして、それを捨ててまでリスクが高いと思われる起業に挑戦する自分の姿が想像つきますでしょうか?

 なかなかイメージが湧かないかもしれませんね。少なくとも私は最初そう思いました。

 しかし、お話を伺うにつれ山口さんの選択は必然性やチャンスがあったのだと理解できるようになっていきました。

 それではインタビューをご覧ください。

 iPS細胞の研究で鍛えられた世に問う力

 山口さんは慶應大学時代にiPS細胞の分裂を研究していたそうです。

 「昔から人類の役に立てる仕事がしたいと思っていて、中高生の時にそれは医師になることでした。ですから大学は自ずと医学部に入りました。その気持ちは変わりませんでしたから、臨床医師になるよりも自分が心を砕いたのが研究でした」

 なるほど。それでiPS細胞というテーマ選択もされたのですね。どんなことを感じましたか?

 「まず研究は面白いなと。研究とはひとことで言うと“証明”です。そしてより大きいものを証明した人がノーベル賞を受賞します」

 すごくわかりやすいですね!もう少し教えてください。

 「例えば、昨年本庶佑先生がノーベル賞を受賞しました。がんの治療薬を開発した功績だからです。人類を脅かしているのががんというのは誰もがわかると思いますが、従来の治療薬と大きく異なるアプローチが評価されました」

 おお、思った以上にビジネスに近い雰囲気がします。

 「はい。研究は面白くて、新規性と、有用性、そして面白さや新たな視点の3つで評価されると思っています。本庶先生で置き換えると、“いままでにない治療薬であること。そして多くの人を救うテーマであること。学問的にはがんと免疫をミックスするという新たな視点である”と、全て押さえられているのですよね」

 かなりシステマティックなのですね。

 「はい、研究は非常にロジックが明確なのです。ですから、研究の進め方もロジカルです。例えば研究テーマを決めるとどうすると思いますか?」

 想像つきませんが、ビジネスでいうと競合調査から入りますが。

 「そういうことです。まずその領域の既存研究を調べます。研究者のリストアップを行うことで誰がどんな研究をしているのか、そして、何がわかっていて何がわかっていないのかを調べるのです」

 なるほど!意味がわかります。ビジネスではその次に自社のSWOT(強み・弱み・事業機会・脅威などの分析手法)を行い事業検討をすることが多いですが研究ではどうなのですか?

 「同じです。自分が属する研究室の強みを踏まえて研究テーマを決めるのです。少なくとも私はそうでした。病院をもっているのか、試薬を人に投与できるのか、などです。もちろん研究室内で独自の研究の共有もあるのでそこからも検討します」

 山口さんがなぜビジネスに移ったのかわかりました。

 「私はもともと多くの人の役に立ちたいと思い、医師を目指し、社会に実装するために研究に重きを置いていました。残念ながら研究というのは非常に時間もかかります。そして閉鎖的な世界でもあります。その点、ビジネスは自分次第で早く成長ができ、研究のアプローチはそのまま活きます。そう考えると、ビジネスで大成した方が早く、大きく人の役に立てるのだと思って起業の道に進むことにしたのです」

 まずは漁師コミュニティを開設

 変遷した理屈はわかりましたが思い切りましたね。

 「今の時代は昔に比べ起業をするのが簡単です。リスクはありません。医師免許は取得し臨床医として3カ月勤務したのですが医師単体でできることは限りがあり極めて労働集約なのです。医師だけでなんとかなることがあり、むしろ現場ではなんとかするしかない。それを続ける良さもあると思いますが、自分としてはそこに時間を使うよりも事業を作って多くの人に提供したいと確信をしました」

  最初から起業テーマは決めていたのですか?

 「いえ。決めていませんでした。ただし、研究テーマを探すのと同じだと思っていたのでそんなに怖くはありませんでした」

 どのように今の事業を見つけたのでしょうか?

 「各産業の大きさや成長率、そしてFacebookの上でコミュニティがあるかを抽出しました。最終候補が2つあったのですが、漁業をテーマにしました」

 漁業ですか!今までの話にまったく関係がないですがご経験が?

 「全くありません。しかし、漁業はすごく古く、とても大きい。でも古い業界だからといってもスマートフォンを持っている漁師は多い。調べれば調べるほど、漁師はローカルになっており、情報共有がなされていないことがわかったのです。たとえば漁法は同じでも別の地域の漁師はコミュニケーションをとれていないのです」

 それは大きい負ですね。効率化がされていないことが伺えます。

 「まさにそうです。Facebookに漁師のコミュニティがあるか調べたところ誰も提供していなかった。そこで、まずはコミュニティを開設したのです。漁師の方が増えれば自ずと事業開発もできると思ったからです」

 開設して反響はいかがでしょうか?

 「漁師の方にものすごく感謝されました。北海道から沖縄までの漁師が情報交換をする場所がはじめて出来たわけですから。現在2000人の漁師をはじめとする漁業関係者が集まっています。毎月その数は増えています。毎日3件くらい投稿されていて1投稿あたり約200件のいいねがついており活況です」

 今後はどのように運営されていきますか?

 「直近の展開として、中古の漁船・漁網・魚群探知機などのCtoCマーケットプレイスをコミュニティ上に開設する予定です。日常的にアクセスするコミュニティサイトの上で機器を売買できるようになることでフリークエンシーが上がり、取引が生まれやすくなると想定しています。さらに、メーカーや年式などの漁業機器に特有の情報を入力できるようにすることで、漁業者にとって便利な販売の場になると考えています」

 なるほど。国内で最も漁業関係者が集まる場所を作れたら実現は容易そうですね。

 「簡単というつもりはないですが、触れ合っている漁師の方々から切望されています。自分が漁師関係者出身でないことが功を奏していて、みなさんとフラットに向き合え、インサイトに沿った事業開発ができます。また、最近では漁業の特定領域で世界トップシェアの企業ともディスカッションが進んでいます。ニッチでもNo.1と言える事業を手がけている果実を感じています」

 オープンで善なる経営を目指す

  今までを振り返ってみてどう思われますか。

 「私は起業家としての自分の仕事が好きです。子供の時に人類の役に立ちたいと思った気持ちが、自分なりに手応えを持って形になってきているからです」

 お話をしていてすごくお話がわかりやすく、また正直な方だと思いました。

 「ありがとうございます。自分はオープンで善なる経営を目指しています。困っている時に困っていると言えるのが強みだと思っています」

 困っているというのはなかなか難しいことですがなぜやろうと思うのですか?

 「結果ファーストだからです。経営者が抱え込むよりも、課題を共有することで関係者皆で解決を図る方が早いので合理的だと思うからです」

 最後に質問です。どのような経営者になりたいと思っていらっしゃいますか?

 「人から応援される経営者になりたいと思っています。そのために事業やステークホルダーとのやり取りも誠実にやり切っていきたいと思っています」

 山口さんありがとうございました。

【プロフィール】小原聖誉(おばら・まさしげ)

株式会社StartPoint代表取締役CEO

1977年生まれ。1999年より、スタートアップのキャリアをスタート。その後モバイルコンテンツコンサル会社を経て2013年35歳で起業。のべ400万人以上に利用されるアプリメディアを提供し、16年4月にKDDIグループmedibaにバイアウト。現在はエンジェル投資家として15社に出資し1社上場。
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ビジネスパーソン大航海時代】は小原聖誉さんが多様な働き方が選択できる「大航海時代」に生きるビジネスパーソンを応援する連載コラムです。更新は原則第3水曜日。アーカイブはこちら