働き方

「3年泳がせる」は嘘、副業はいくら以上儲かったら申告が必要なのか

 副業をする人が増えている。どのレベルの副業から税務申告が必要なのだろうか。元国税調査官で税理士・産業カウンセラーの飯田真弓氏は、「年間の所得金額が20万円を超えると確定申告をしなければならず、それを怠ると税務調査に入られることがある。特に63万円以上になるとその可能性は高くなる」という--。

 副業が解禁されても税金問題はつきまとう

 サラリーマンの副業が解禁されて久しい。副業と検索してみると、いろいろな職業が出てくることからも明らかだ。

 そもそも、副業はなぜ解禁されたのだろうか。企業側が、社員に対して残業代を支払うことを嫌がってのことだと思うと合点がいく。一方、社員の側は、「会社に文句を言われることなく、自由に稼ぐことができる」ということで、一気に副業ブームのようになっているのだろう。

 本業があって副業もしようという人の目的はなんだろうか? もちろん、稼ぎを増やしたい、儲けたいというのが一番の理由だろう。でも、その副業は本当に儲かっているのか。そのあたりの検証はできているのだろうか。

 日本では、「儲かったら税金を払いましょうね!」という法律がある。所得税法だ。

 ギャンブルでぼろ勝ちした場合もしかり、道に落ちているお金を拾った場合もしかり。宝くじが当たった場合は、非課税所得にうたわれているので、課税されることはないが、これはこれで、違った不幸に見舞れることもある。まあ、“あぶく銭”は身に付かないという典型だろう。

 副業が解禁される前から副業をしていた会社員は、こそこそしなくても副業をできることになったので、会社に対するうしろめたさはなくなったと思う。でも、ここで免れないのが納税だ。

 「月当たり16,666円以上」が「申告ライン」

 副業はいくら以上儲かったら申告をしないといけないのか。所得税法では、本業が会社員である場合、それ以外の所得金額が年間20万円を超えれば、確定申告をしなければならないとなっている。

 年間20万円を月額にしてみると、16,666円。どうだろう。あなたの副業の1カ月あたりの儲けは、16,666円以下だろうか?

 「会社員の副業なんてかわいいもんで、税務署はそんなことまで調べたりしないんじゃないの……」とたかをくくっていると、税務署から手紙が届くかもしれない。

 税務署からの手紙を無視するとどうなるか

 税務調査の最盛期は、ナナジュウニと言われている。ナナジュウニとは、7月から12月にかけての期間のことだ。ちょうど今の時期だ。

 国税の事務年度は、7月から始まる。国税の世界では、7月から12月を「ナナジュウニ」、1月から確定申告の前までを「カクシンマエ」、確定申告の間を「カクシンキ」、確定申告が終わった3月末までを「キゲンゴ」、4月から6月を「ヨンロク」と呼んだりしている。

 何事も前倒し。7月から12月の期間は、事務年度の始まり、調査官のメンバーも一新。その上、期間も4カ月と長い。追加の税金がとれそうな案件から税務調査に着手するという風潮があることから、ナナジュウニは大口案件を手掛けることが多いのだ。

 一般的に税務調査は、担当の調査官が調査対象者に電話をすることで始まる。税理士が入っている場合は、税理士に電話をする。

 では、副業のような案件はどうやって税務調査の連絡をするのか。副業で稼いでいるにも関わらず、申告をしていないような場合。副業を行っているものに本業があることは、税務署も承知している。なので、まずは、自宅に手紙が届くのだ。普通郵便で……。

 郵便受けに税務署からの地味な封筒を見つけて「税務署?うちには関係ないよな……」と封を開けずにゴミ箱に捨ててしまってはいけない。今度は自宅の電話に留守電が入るだろう。それでも無視していると、予告なしに自宅に税務署の調査官がやって来ることになる。

 副業の申告漏れで約300万円の増差所得になることも

 副業をしていてそこそこ儲けがあると自覚している人は、確定申告をしているだろう。ここで、副業をしている人にありがちな思い込みについて忠告したい。確定申告書を提出し、1年たっても税務署からなんの連絡もないなら、その申告内容は認められたと思ってはいけない!

 副業についてわかりやすく説明するために、週休二日制の企業に勤めていて、土日で結婚式のカメラマンを日当1万円で請け負った場合について考えてみよう。

 1万円×2日×4週×12カ月=960,000円

 必要経費は、機材の購入費用と式場までの交通費と式場で着るスーツくらいだろうか。もし、機材は元請けが用意してくれて、式場も本業の通勤圏内であれば定期が使えるだろう。スーツも、撮影する裏方なので普段本業で着ているもので間に合うということであれば、別段経費は発生しない。

 この人の本業の税率が20パーセントであれば、申告していなかった96万円の20パーセントを所得税として納めることになる。プラス、加算税と延滞税、地方税も追加で納めなければならない。3年間申告していなかった場合、

 960,000円×3年=2,880,000円

 が申告漏れ所得(増差所得)となる。立派に調査件数1件となるだろう。

 税務署はやむを得ず納税者を“泳がせて”いる

 ここで、今回のサブタイトルに「税務署は3年泳がせているなんてうそっぱちだ」と書いた種明かしをしよう。

 『税務署は3年泳がせる。』は何を隠そう、筆者の著書のタイトルである。

 税務署は、余裕があって、わざと3年泳がせているようにも思えるが、実はそうではない。税務署は3年泳がせざるをえない、という現実にあるのだ。ちょっとへ理屈みたいになってしまったが……。

 筆者は、今年の“税を考える週間”の期間中に開催された、所轄の税務署の職員との懇談会に参加した。

 管轄内に法人がある代表者と幹部で、いろいろな話をした。プレジデントオンラインで書いたチュートリアルの徳井氏についての記事のことも話題になったが、その際、税務署の幹部はこう言ったのだ。「国税当局としては、職員の数が増えない。限られた人数で事務をこなさなければならない。よって、実調率は下がってきている」

 本来であれば、申告した内容に間違いがあれば、直ちに臨場し、修正申告を提出するよう指導すべきところであるが、調査に従事する人員が確保できていないから、ままならないというわけだ。

 間違ったまま3年間野放しにしておけば、その分罰金を多くとることができるという理由も一部あるのかもしれないが、それは定かではない。

 副業で63万円以上稼ぐと税務調査が現実味を帯びる

 税務調査には、いろいろな種類がある。

 一般事案と呼ばれるものは、電話で事前通知をし、約束した日時に臨場するというお行儀のよいものから、複数名が連絡もせず自宅、事務所、店舗、愛人宅まで、同時刻に一気に入る特調事案という手荒なものもある。

 それ以外に、あまり知られていないが、筆者が現職の時、大阪国税局管内では、“事後処理”と呼ばれる調査があった。1件当たりにすると、追加の税金はそれほど多くはないが、どの項目が申告もれになっているか、ピンポイントでつかんでいるので、わざわざ現場まで足を運ばなくても税金をとれるという案件だ。税務署に居ながらにして、多くの数の修正申告をとれる。考えようによっては、効率のよい方法といえる。

 よく知られているのが、扶養家族を否認することでの申告だ。離れて暮らす大学生の子どもが、扶養家族に入れる範囲を超えてアルバイト収入を得ていたことがわかり、父親が申告をし直すというもの。

 この際、父親が追加の税金を払う計算の元になるのが、大学生の扶養控除の金額630,000円だ。特定扶養親族というものだが、控除対象扶養親族のうち、12月31日現在の年齢が19歳以上23歳未満の人は、控除額がこの金額になっているのだ。

 副業をして所得を得た場合、いくら儲かったら申告をすべきなのか。筆者の個人的見解ではあるが、この630,000円という数字が一つの基準になると考えていいのかもしれない。扶養控除の是正は毎年行われる項目であり、最低でもこれくらいの増差所得であれば、1件とカウントするであろうと推測できるからだ。

 税務調査官は私生活でもチェックにぬかりがない

 副業の情報はどのように収集しているのか、一般の方には、興味のあるところだろう。実は、調査官たちは、親もいるし、兄弟もいる。恋愛もするし、結婚して子どもがいたりもする。いうまでもないことだが、職場を離れると、普通に生活しているわけだ。

 が、一方で、調査官魂は染み付いている。筆者が、在職しているときのことだ。今振り替えってみると、自分独自の実績を残したいと思った上層部がいたのだろうと思う。365日、資料を収集せよということで、小さな特製のメモ帳のようなものが全職員に渡されたことがあった。とにかく毎日、情報を集めろと……。たくさん収集したものには金一封は出なかったが、賞状くらい付与されたような記憶もある。

 そんなメモ帳を渡されなくても、調査官たちは、年がら年中、情報を集める癖がついている。情報収集は、SNSなど存在しなかった時代から、連綿と行われているのだ。

 筆者が漫才師のツッコミに注目した理由

 悲しいかな、筆者は、いまだにその習性が抜けきらない。テレビを見ていると、漫才師が高級腕時計をはめているのが目に留まった。ステージに立てられたマイクにかざし気味に腕をあげてツッコミを入れたのは、その腕時計をカメラがとらえることを狙っているようにも見えた。

 「はは~ん、この漫才師は、なかなかいい税理士をつけているな」

 と、思った。

 どういうことか。漫才師の仕事は、漫才をすること。高級腕時計を趣味として購入したのであれば、必要経費にならないが、テレビ出演の際に着用していれば、舞台衣装として経費に算入できるというわけだ。まあ、その真意は明らかではないが……。

 警察は、事件を追うのが仕事だ。事件が起こってから出動する。しかし、経済は毎日動いている。国税の調査官たちは、日々の生活を送りながら、年中無休で情報を収集しているといえるのだ。

 税務調査に行って、「お前ら、警察より嫌いじゃ!」と吐き捨てられてきたのはそういう理由からだろう。

 業務委託は納税も自己責任

 さて、会社員の副業に話をもどしてみよう。副業と一口にいっても、2種類あることをご存じだろうか。それは、雇用契約を結んで仕事をしているのか、そうではないタイプのものかということだ。

 時給いくらということで、雇用契約を結んでいるような副業であれば、年末に、給与所得の源泉徴収票が渡されるはずである。

 注意しないといけないのは、源泉徴収をしていなかったり、源泉徴収で所得税を預かっているのに、源泉徴収票を発行しないという不届きな業者があるということだ。源泉徴収票が渡してもらえない場合は、きちんと請求することが大切だ。本業の源泉徴収票と副業の源泉徴収票を確定申告書の上で合算しさえすえば、申告は完了となる。場合によっては、所得税が還付される場合もあることも知っておくべきだろう。

 面倒なのが、雇用契約ではない副業だ。自分で収入を計算し、必要経費も計算しなければならない。先に書いたブライダルカメラマンは、求人サイトで募集をしている。そこには、業務委託と書かれている場合がある。

 雇用契約の場合は、拘束された時間内に与えられた仕事をすればそれでよい。しかし、業務委託の場合は、その責任も問われることを意味している。

 頑張れば頑張った分だけ稼げるというプラス思考も大切だが、ミスをした場合のリスクを背負わなければならないのだということも理解しておくべきだ。加えてその利益は、自分で計算しなくてはならない。領収書を集めてはみたものの、これは必要経費にいれてもいいのだろうかと考え出すと、どんどん時間がたってしまう。

 副業を始めたことで身体を休める時間がなくなり、家族との団らんの時間がなくなり……ということになってしまうと、本末転倒という結果になりかねない。

 「時は金なり」という言葉がある。お金を得ることだけに時間を使うのか。いやいやそれ以外に、もっと大切なこと、こころを豊かにするために時間を使うのか。

 たかが、副業、されど、副業である。

飯田 真弓(いいだ・まゆみ) 税理士
 元国税調査官。産業カウンセラー。健康経営アドバイザー。日本芸術療法学会正会員。初級国家公務員(税務職)女子1期生で、26年間国税調査官として税務調査に従事。2008年に退職し、12年日本マインドヘルス協会を設立し代表理事を務める。著書に『税務署は見ている。』『B勘あり!』『税務署は3年泳がせる。』(ともに日本経済新聞出版社)、『調査官目線でつかむ セーフ?アウト?税務調査』(清文社)がある。

 (税理士 飯田 真弓)