ミラノ工科大学の先生たちとの仕事上のつきあいが多い。そこで気がつくことがある。海外の大学での授業のために、彼らが頻繁に出張することだ。欧州内はもとより北南米・アジアと飛んでいく。カンファレンスの基調講演のスピーカーとして呼ばれることもよく目にする。
またイタリア人の知り合いで海外の大学で教員をやっている人も少なくない。あるいはメディアで取り上げられる教授がイタリア名だから移民二世や三世かと思うと、実は研究活動をはじめた後に移住している例も珍しくない。
以前、イタリアの医療機器企業のマネージャーと雑談していたら、「欧州で評価の高い医学分野の論文ランキングを見ると、イタリア人の研究者が上位になっている。ただし、所属を見ると、イタリア国内の大学や研究機関ではなく、国外なのが特徴だ」と話していた。
これらの現象を日常的に見ていて、個人として国外で名が知れて評価されているイタリア人が多いとは気づいていた。それが同時に「移民増加」という観点から問題視されていることも知っていた。
先日、日刊経済紙の「イル・ソーレ・24オーレ」の記事が、ちょうどこの「移民増加」のデータを紹介していた。以下のような概要だ。
「2017年のデータをみると、例年続いた移民増加の現象は横ばいに転じた。行き先としてドイツが安定的に多いが、この15年で増えた国は英国だ。欧州以外であると米国とブラジルである。年齢をみると18歳から39歳までがおよそ6万人だが、40歳から64歳までの年代も2万人を超えている」
年間、12万人程度が移住しており、2017年の行き先別の数字をみると、英国(2万593人)、ドイツ(1万8524人)、フランス(1万2422人)、スイス(1万498人)であり、米国(5486人)とブラジル(6881人)は思ったより少ない。
こうした増加はリーマン・ショック後、2010年以降だ。それまでの海外移住は年間およそ4万人だったので、2017年は3倍の数字である。因みに、帰国者も年間4万人いるので、その差8万人が「長期移住者」になる計算だ。
学歴からみると、高校か大学を卒業している人が多く、2013年からの4年間で合計およそ15万人が国外流出をしている。
これが「頭脳流出」の数とまでは言えないだろうが、それなりの勉強をした人がより良い職業経験を求め、欧州内の別の国に移住するというのが「移民」の実態であろう。19世紀後半から20世紀前半の移民イメージ、経済水準の低い南イタリアから「脱出」して、ドイツや北南米で骨を埋めるというのとはずいぶんと違う。
さほど深刻な表情にならずに「ちょっと別の土地で仕事をしよう」と思って行動に移す人も多いだろうとは容易に想像がつく。今どき、高校大学まで勉強していれば、母国語以外に英語と仏語か独語が解せることが一般的だ。移住先トップ5は、これらの言語でカバーできる。およそ6万人だ。即ち移民の半数はあまり言葉に困らない国に出かけている。
EU市民には欧州内の移住に対する滞在許可証が不要であり、在外公館に在留届けを出さない人も多い。したがって正確な数字は不明であるが、動向としてはおよそのところ、こんな感じだろう。
面倒なビザ手続きなしに言葉も何とかなるとなれば、チャンスさえあれば国外に出ることに抵抗がない。しかも、馴染みのある家族や友人たちに会おうと思えば、気楽に週末に自国に戻れる。悲壮になる理由がないのである(だから、肩肘張らなくてすむ)。
そうは言っても違った国は違った文化だ。
共通性の高い欧州文化のなかにあっても、それぞれの国には異なった習慣や考え方があり、国境を超えれば「ああ、これは違ったか」と思うことがある。だが、既に旅行などで何度も経験した異文化経験だ。住まないと分からないことがあっても、「驚愕する」ことでもないだろう。
実は、ミラノで生まれた息子が今年18歳になったので、イタリアの国籍を取得したいと言っている。両親とも日本人の場合、それなりに敷居が高いが、国籍取得に必要な年数のイタリアでの学校教育は受けてきている。資格上、(表面的には)問題がなさそうだ。
息子はEUの国のパスポートをもっていると仕事ができる範囲が広まり有利だと考えている。100%のイタリア教育環境を与えてきた親として、反対する理由は何もない…と前述の新聞記事を読みながら考えたのだった。
【ローカリゼーションマップ】はイタリア在住歴の長い安西洋之さんが提唱するローカリゼーションマップについて考察する連載コラムです。更新は原則金曜日(第2週は更新なし)。アーカイブはこちら。安西さんはSankeiBizで別のコラム【ミラノの創作系男子たち】も連載中です。