ホリエモンが語る“修業期間”を真っ先に捨てるべき理由 職人ではなく「経営者」になれ

 

 本当にそれは必要ですか? 良くも悪くも、あなたの持ち物は重くなってはいないでしょうか。大切にしていた「はず」のモノで、逆に心が押しつぶされそうになってはいないか。だから、ビジネスも人生も「捨てる」ことからはじめよう。「これから」を、病まないで生きるために。

 僕は「時代の寵児(ちょうじ)」と呼ばれてから一転して逮捕・収監を経験しました。その後、令和元年、ついに日本初の民間ロケット打ち上げ実験を成功させることができました。その折々にあったのは「捨てること」「持たないこと」を徹底した思考法でした。 もし、自分にある種の強さがあるとすれば、それは「捨てる」ことへの、ためらないのなさかもしれないと思っています。幼少期の原体験から東大、ライブドア時代と、久し振りに自身の半生をゼロから振り返った「原点」を新刊『捨て本』(徳間書店)に記しました。

 逆境にあっても未来を見据えながら、今を全身全霊で生きる。そのために、捨てるべきものは何か。持っていなければいけないものは何か。ライフハック、お金、仕事から人間関係まで、「所有」という概念が溶けたこの時代に最適化して、幸せに生き抜くためのメソッドをつづっています。今回はビジネスにまつわる「捨てる」ことの意義を、3回に分けて紹介していきます。

 前編では東大を中退し、1996年にオン・ザ・エッヂを立ち上げるまでの話を、中編では、会社を運営する中で感じた「捨てる」ことの重要性をお届けしました。(※前編は12月2日、中編は12月3日に掲載)

 最終回の後編では、修業期間というものがいかに無意味であるか、職人ではなく経営者視点に立つことの重要性をお伝えしたいと思います。

修業期間は無意味か?(写真提供:ゲッティイメージズ)

 ビジネスの経験で得た教訓

 「捨てるべき」モノについて、主に語ってきた。ここからは逆に、「捨ててはいけない」モノを、いくつか論じていこう。まずは、繰り返し述べた「時間」だ。

 ぼんやりしているだけで過ぎ去り、死へのゴールが、着実に近づいていく。無為に時間を過ごすことは、最も愚かしい「ポイ捨て」作業だ。時間は取り戻せない。誰かに特別に、多く振り分けられてもいない。公平で、容赦なく、全ての人に与えられた有限の資源だ。時間とはすなわち、命である。 

 時間を無駄に使う人に、本当の幸福はないし、経済的な成功もない。「やりたいことがない」からと誰かの言いなりになったり、うまくいっている人の足を引っ張ったり、罪のない人を貶(おとし)めたり、ネガティブなことに時間を費やしている人を見ると、基本的には僕は無視するが、心のなかでは、なんてバチ当たりなんだ……と思う。

 思考を良質な情報で埋めて、最適の方法を選び、余分なモノを捨てて、身軽になって目的へ近づいていく。誰にでも、できることだ。そうすれば有限な時間は、限りなく無限へ近づき、最大化する。何を持つか? ではない。どのように時間を使うか? という意識に、全神経を傾けてほしい。迷ったら時間の早い方を選ぶ。これが鉄則だ。早く着手すれば、ミスしたときのリカバーも早く済む。多くのビジネスの経験で得た教訓のひとつだ。

 「急がば回れ」という諺(ことわざ)がある。あながち間違いではない。目的達成のために回ることで、スティーブ・ジョブズが語るところの「点と点」がつながる偶然が起きることもあるからだ。でも、時間を費やせばいいというわけではない。正しくは「考えながら急いで回れ」だ。目的のために最適の選択は何だろう? と考えて、行動しよう。

 時間をかければ成果が高まるという考え方は、そもそも時代に合っていない。リスクリワードの意味でも、「時間をかける主義」は、不利を生むだろう。何をしたいのかが定まれば、すぐ行動だ。動きだしが早ければ、きっと回り道よりも効果の高い、近道が見つかる。

 著書などで、僕は近年「修業はいらない」と唱えている。修業は、まぎれもなく時間の浪費だ。別のところでも書いているが、寿司(すし)屋の修業を例に取る。昔の寿司職人の修業といえば、高校卒業で店に入り、皿洗いなど雑用で数年、焼き物を担当して数年を費やす。そして包丁を持たせてもらうまで、また数年がかかり、師匠から料理や店の運営のテクニックを教わるようになるのに10年近く、という経過が当たり前だった。独立できるようになるのは、早くて40代を過ぎたあたり……。遅すぎる。

 学校で学んだだけの寿司屋がミシュラン掲載

 おいしい寿司のつくり方は、YouTubeで公開されている。それをちゃんと真似れば、数十年修業した腕前と、ほとんど変わらないレベルの寿司を数カ月で握れるようになる。海原雄山のような食通が相手でもない限り、絶対バレない。短期間で料理法を教えてくれる学校や料理教室だって存在する。 

 僕がそう言い始めたら、古い料理界から憤慨され、大反論された。で、実際はどうだろう。寿司屋での修業は一切せずに、寿司学校で学んだ経験だけのオーナーが開店した寿司屋が、いまではミシュランに掲載されているのだ。味と修業期間の長さは、比例しない。 「うまい寿司を握るには、人生を削り取る必要がある」なんていう、犠牲を礼賛する考え方が、根強く固定化してしまっているのは問題だ。

 寿司屋の修業はまず、閉鎖的すぎる。師匠は、弟子になった者にだけ味の秘密を伝え、ときには「盗むもの」だと、教えることもしない。肝心の秘密とは、包丁の角度を変えるとか、味つけに何かの調味料を決まった量だけ足すとか、はっきりいって「コツ」レベルの知識。そんなもの、数秒で教えてやればいいのに! と思う。

 僕が育ったインターネットの世界は、まったく逆の開放的な世界だった。システムを構築するプログラムは、ほとんどオープンソースで公開されていた。それらを若いエンジニアが勝手に書き直し、バージョンアップしていった。バグもセキュリティホールも、よってたかって改良した。

 職人の世界で言う“秘伝”を、みんなが自由に共有できた。誰でも使えるから改良は早く、新しい技術が、ものすごいスピードで次々につくられていった。だからこそほんの数年で、世界の隅々まで広がったのだ。

 みんながスマホを手に持っている時代に、閉鎖的な修業を強いるような仕事場は、完全に終わっている。何年も時間をかけないと得られないスキルなんて、世の中にほとんど存在しない。要は、苦労した上の世代が、「時間をかけないと上達しない」というポジショントークで、既得権を守るための勝手な“修業”なのだ。

みんながスマホを手に持っている時代に、閉鎖的な修業を強いるような仕事場は“オワコン”だ(写真提供:ゲッティイメージズ)

 目的意識を明確にせよ

 もちろん、自分から修業したいという人の意欲は、否定しない。何年も下積みの修業をして、たしかなスキルを身につけてから、世に出ようという誠意は悪いものではないだろう。もともと不器用だから、うまくなるのに時間がかかるので長く修業したい、という気持ちも分かる。自信創出のために必要な時間だというなら、好きなように修業したらいい。

 ただ、スキル獲得のための絶対条件ではない。修業すれば人間力が身につく、などと言われるが……そんなわけないだろう。厳しい修行を積んだくせに、頑固で偏屈で、おまけに無愛想な職人がどれだけいることか。

 そもそも人間力なんていう、抽象的すぎる基準を盾に、若者から大切な時間を奪うなんて、どれだけ傲慢なのだ。修業は無意味という主張よりも、僕が問いたいのは、本質の部分だ。君が何らかのスキルを得たいと言うとき、僕は最初に訊(たず)ねるだろう。

 「目的は、何なのですか?」

 「おいしい料理で人を幸せにしたい」というのが目的なら、注力すべきは修業期間ではないはず。SNSや食べ歩きを駆使した情報収集や、流行っている店のつくり、料理人のパフォーマンスを学ぶことの方が大事だ。目的が「長く修業したい」のだったら、どうぞ好きなだけ、下積みを延々と続けてください。目的がお客さんに向いているのなら、修業は真っ先に「捨てて」いい対象だ。

高校卒業で店に入り、皿洗いなど雑用で数年、焼き物を担当して数年を費やす。独立できるようになるのは、早くて40代を過ぎたあたり……それでは遅すぎる(写真提供:ゲッティイメージズ)

 独学で寿司職人になったAさん

 もう少しだけ寿司の話をしたい。知り合いの経営者のAさんは、独学で寿司職人になった。Aさんはまさに「修業はいらない」を、地で行った人物だ。Aさんは音楽業界とのつながりがあり、プライベートで海外の大物ミュージシャンなどを招き、寿司屋で接待していた。

 彼らが寿司をおいしく食べてくれるのはいいのだが、ミュージシャンたちはカウンターの向こうの大将の華麗な包丁さばきを「Great!」「Fantastic!」と褒めまくる。それが、全然面白くなかったという。「俺が苦労して予約して、高い金を払っているのに、俺には注目が集まらない」とのことだ。

 そこで「ならば寿司屋になろう!」と決めたそうだ。もちろん寿司屋の経験はゼロ。

 Aさんは、いい寿司をつくるためには、まな板が大事だと考え、日本一のまな板を探す旅に出た。やがて日本に2本しかないという貴重な材木でつくった、最高級のまな板を手に入れた。次に探したのは包丁。知り合いから情報を得て、玉鋼で製造した特別製の包丁を見つけてきた。

 寿司さばきは、どこの店にも入らず、全て独学で練習した。寿司アカデミーに行くという選択もあったのだが、「そこに通って寿司職人の腕を磨いたら、アカデミーの手柄になるから嫌だ」と、断念。ある意味、徹底している。ネタの仕入れも、自分で卸し市場に通い詰め、高級寿司店に負けないレベルのネタのルートを確保した。

Aさんはいい寿司をつくるためにはまな板が大事だと考え、最高級のまな板を手に入れた(写真提供:ゲッティイメージズ)

 経営者視点を持ち続けよ

 彼の寿司を僕も食べさせてもらった。うまい。ネタの質も仕込みも完璧で、この寿司が、修業期間の意味では“素人”のつくったものとは、信じられないレベルだった。ひと通り食べた後のシメは手製のラーメンだった。これがまた絶品にうまい。「寿司のシメといえば玉子とか、みそ汁を出すのが許せない」という理由で、ラーメンなのだという。

 オリジナルのコーヒーも出してくれた。豆は独自のブレンドで、旨味(うまみ)の脂肪分を漉さない金属フィルターを使い、特製の南部鉄瓶で淹(い)れたという。これもやはり絶品。

 Aさんのこだわりは「おいしく食べてもらって、喜ばせたい」に尽きる。修業してスキルを学ぼうという発想が根本からない。だから、本当の意味で客観性を失わず、何がお客さんを感動させるのか? という視点で、揃(そろ)えるべきものを揃えられたのだ。

 彼は味を引き立てる設備と材料を得るために、素早く行動した。道具の揃えや店の構え、パフォーマンスに細部まで手をかけた。そのこだわり度合いは、僕から見ても、ちょっとぶっ飛んでいる。

 でも、このぶっ飛びが、本当に優れた料理人に求められる要素ではないだろうか。時間は、かけたくない。できるだけ早く、できるだけ高い質の味を、お客さんに食べさせて褒められたい。そのためには、修業を捨てて好きなようにつくる。そのシンプルな欲求と破天荒なエネルギーが、唯一無二の新たな職人をつくりあげた。(ITmedia)

【プロフィール】堀江 貴文(ほりえ・たかふみ)

 1972年福岡県八女市生まれ。実業家。SNS media&consultingファウンダーおよびロケット開発事業を手掛けるインターステラテクノロジズのファウンダーも務める。元ライブドア代表取締役CEO。2006年証券取引法違反で東京地検特捜部に逮捕され、実刑判決を下され服役。13年釈放。現在は宇宙関連事業、作家活動のほか、人気アプリのプロデュースなどの活動を幅広く展開。19年5月4日にはインターステラテクノロジズ社のロケット「MOMO3号機」が民間では日本初となる宇宙空間到達に成功した。予防医療普及協会としても活動する。14年にはサロン「堀江貴文イノベーション大学校」をスタートした。本書『捨て本』(徳間書店)以外の著書に『健康の結論』(KADOKAWA)『ピロリ菌やばい』(ゴマブックス)など多数