【ミラノの創作系男子たち】「なぜ?」の連続が作品に 哲学畑の彼女は問題の構造に立ち向かう~女子編

 
マリアキアラさん
マリアキアラさんのイラスト

 この連載を1年間続けてきた。そこで一つ思った。タイトルが「創作系男子」ではあるが、男性だけではなく、たまには女性も取り上げたい。紹介したい女性も多く、除外するのはもったいないのだ。今回はその第一弾だ。

 マリアキアラはデジタルマーケティング会社でアート・ディレクターの職にあるが、この世界にありがちなスピード思考の信奉者ではない。ゆっくりとものを考える価値を十分に理解している。一般にイタリアの人は人文系への傾倒があるためか、時間をかけて考えて出す結論に重きをおく。だが、彼女には「時間をかけて」の前に「とても」という副詞をつけるのがふさわしい。 

 「企業経営でいえば、最初の段階に十分な思考ができる時間が必要で、そこで方向が決まれば後はスピード」とマリアキアラは話す。

 彼女はイタリアの大学で哲学を勉強し、現象学のフッサールも教壇に立っていたドイツのフライブルク大学で修士を修めた哲学者だ。その後、小さい頃から絵を描くのが好きなマリアキアラは、たまたまデザイン大学の奨学金も受けることになる。哲学で博士課程に進むことも考えたが、学校という世界に留まるのには躊躇したのだ。それが現在の仕事への道を拓いた。

 「哲学とは何故?を問い続ける学問だから、顧客に何故を問い続ける今の仕事は向いているわ。私の関心は常にコンセプトに関わることだから」と語る。

 戦略を考えるのが彼女の仕事だ。

 その一方で、本のイラストを描くことも副業にしている。子供向けの絵本、病気の療養のためのイラスト、哲学の本と多岐にわたっている。

 これだけ聞いたら、相手が女性でもやはりちゃんとインタビューして記事にしたいと思うではないか。なぜ哲学を勉強したのか?なぜ哲学を勉強の後、ファインアートの世界に行かなかったのか?と、ぼくも「何故」を連発したくなったのだ。

 「母親が高校でラテン語の教師をしているので、哲学には近かったの。父親はエンジニア。こういう家庭環境でファインアートに向かうのは抵抗があったのよね。絵が好きな子にはデザインがちょうどよかった」と言った後、「でも、イラストも問いの連続が作品になるのよ」と真剣な表情になる。

 デジタル系の問題解決に哲学的態度で立ち向かっていると、センスメイキング、つまり意味を作り出す領域に踏み込めない不満がでてこないものか、とぼくは疑問に思った。彼女はこう答える。

 「問題は探っていくと、その問題の構造が浮上してくるでしょう。その構造に真っ向から立ち向かうには、やはりセンスメイキングの領域で勝負しないといけない。だから、そうはっきりと二つを分けることはできないと思う」

 「ただし、意味は意識的につくるケースと無意識につくられるケースがあり、例えば、文化とは無意識の領域に属することが多い。ここにデザインが意識的に関与することができる。というのもデザインとは意識的にプロジェクトをつくることだから」

 それでは、今の仕事に満足なわけね?

 「いや、いや、不満。私に満足という言葉はない!」と明るく笑う。そうか、不満には笑顔が、満足には真剣な表情こそが相応しいかもしれない。その勢いで、こういう言葉を放つ。

 「デジタルトランスフォーメーションが盛んに言われ、顧客企業にもチーフ・デジタルトランスフォーメーション・オフィサーという肩書がよく見られる。これ、笑っちゃうわ。だってオフィサーって軍隊みたいじゃない。これはデザインの領域だと思うから、オフィサーなんて似合わない!」

 ほう、いいところを衝いてくる。

プライベートな生活を聞いておこう。

 「そうしょっちゅう旅するわけではないけど、旅をするのは好きよ。旅先でスケッチを描いたり、土地の人に『何をするといい?』と聞いてみるとか。この春は、それまでやったことがないヨガをバルセロナでやったわ。新しいことに好奇心が働くタイプ」

 ミラノから数十キロにあるベルガモ近くの豊かな自然のなかで育ったので、週末などに山を散策するのは日常的な習慣になっている。毎年、1人で山に出かけ、そこで新しい年を迎える。自宅では犬や猫というペットではなく、植物を育てるのが好きだ。

 音楽とかどうなの?

 「子どもの頃にギターを弾いたが、そう惹きつけられることもなかった。が、ドイツに留学している時、南米の友人に誘われてダンスを習い始めた。それからサルサとタンゴを踊るのは今も続いている。イタリアのオペラを劇場でたまに聴き、それから踊る。これが私の音楽とのつきあい」

 彼女はホビーという言葉が好きではない。何か重要ではないものをホビーと指している印象がある。だからたとえダンスが週1であり、全体の時間のなかに占める割合は小さいが、マリアキアラにとっては大切なものだからホビーとは呼びたくない。

 「毎日、社食で昼食をとっているのもいいけど、たまには美味しいチョコレートも欲しいじゃない。どれも大事なのよ。ダンスや哲学書を読む時間はあまりとれないけど、これらはチョコレートなの」

 なかなか気の利いたことを言ってくれる。会話をしていて気持ちがいい女性だ。

【プロフィール】安西洋之(あんざい・ひろゆき)

モバイルクルーズ株式会社代表取締役
De-Tales ltdデイレクター

ミラノと東京を拠点にビジネスプランナーとして活動。異文化理解とデザインを連携させたローカリゼーションマップ主宰。特に、2017年より「意味のイノベーション」のエヴァンゲリスト的活動を行い、ローカリゼーションと「意味のイノベーション」の結合を図っている。書籍に『イタリアで福島は』『世界の中小・ベンチャー企業は何を考えているのか?』『ヨーロッパの目 日本の目 文化のリアリティを読み解く』。共著に『デザインの次に来るもの』『「マルちゃん」はなぜメキシコの国民食になったのか?世界で売れる商品の異文化対応力』。監修にロベルト・ベルガンティ『突破するデザイン』。
Twitter:@anzaih
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ミラノの創作系男子たち】はイタリア在住歴の長い安西洋之さんが、ミラノを拠点に活躍する世界各国のクリエイターの働き方や人生観を紹介する連載コラムです。更新は原則第2水曜日。アーカイブはこちらから。安西さんはSankeiBizで別のコラム【ローカリゼーションマップ】も連載中です。