【今日から使えるロジカルシンキング】決めることが怖くなくなる BAD STORYを起点にするクセと小さく試す技術

 

第16回 決める技術〈基本1/2〉

 「転職したほうが良いのではないか?」 誰もが一度どころか何度も考えることではないでしょうか。居酒屋で同僚に、先輩に、あるいはネット上の誰かに転職すべきか相談したことがない人のほうが少ないかもしれません。未知の世界に飛び込もうという決断ですから難しいですよね。

 「英会話を始めようか」「新しい資格を取った方がいいのか」「投資を始めた方がいいのか」学校では習わなかった「決める」という行動を求められて続けるのが社会人です。答え合わせも簡単ではありません。

 我々はなぜ「決める」ことにストレスを感じるのでしょうか。今回は「未来のリスク」という観点から、上手に「決める」技術を考えてみたいと思います。

決断にともなうストレスの原因

A社に残ったときのメリットとデメリット

B社に転職したときのメリットとデメリット

 これらを整理して比較するというのは、ロジカルシンキングの基本ですね。しかし、ロジカルシンキングの大きな目的は「問題の整理」ですので、その中から「どれがうまくいくのか」という未来に関する「答え」を自動的に導き出してくれるものではありません。

 整理したあとは、極めて個人的な「何が大事か」という観点で取捨選択しなくてはならないのです。

・年収の見込みは?

・転勤の有無は?

 といったものだけなら比較も簡単でしょう。しかし、

・やりがいは?

・人間関係は?

 などは、どんなにシンプルに数値化しても、皆さんの直感が「それって本当か?」「大丈夫か?」と問いかけてストレスをかけてくるのです。これが「決断のストレス」の原因です。

 有名で有能だと言われている経営者も「ファッション」については自信も経験もないため、毎朝の決断のストレスが大きいということで同じ服を着たり、完全に人任せにしたりしています。「未知のこと」に対する決断は誰にとってもストレスなのです。

 今回と次回の2回に渡って、「決断のリスク」を小さくするという技術をご紹介します。

決断のリスクを「小さくする」技術

1. 決断後のBAD STORYから始まるプランを準備する

決断を怖がる方の多くは、「決断が間違った瞬間にすべてが崩れ落ちていきそれを呆然と眺める自分がいる」という妄想に取り憑かれています。

このプランを上司に持って行って、怒られて、評価が下がって…

転職して、うまくいかずに年収も下がって…

こっちのスライドでプレゼンをして、当日しらけて、受注もできなくて…

 といったように、決断をする前から最悪の事態、つまり“BAD STORY”を想像するのです。人間は、動いてリスクが発生するより動かないで報酬を得られないということを受け入れる傾向が強いです。結果、「現状維持」ということで「決断しないで時間が過ぎる」というその場しのぎをしてしまうのです。

 これは誰でも同じことでしょう。私もそうでした。そんな私の考えを変えてくれたのがかつての上司でした。顧客に提案するスライドの1枚を私が担当することになり、それを数日徹夜で作成し、震えながら上司に見せに行ったときです。皆さんも簡単に想像できると思いますが、「こんなんじゃ顧客は納得しない」と言われたらどうしようという不安で頭はいっぱいです。しかし、上司はあっさりと「OK。じゃあ、お客さんが納得しなかったり、難癖つけてくる可能性があるとしたらどこだ?」と私に尋ねました。100点を目指していた私に対して、当然のように「君の考えている、君の案に残っている欠点やリスクはなんだ?」と聞いてきたのです。

 以来、「そもそも100点の案や決断なんて存在しない」ということに切り替えられました。そして、自分の案が悪い方向に転んだ場合をいかに正確に想像して、準備することが大事かということを考えるようになったのです。これは、「最初の決断ですべてが決まる」というプレッシャーから解放されただけでなく、最終的にはよりよい成果を出せるようになる能力の向上でもありました。

ドアしか見えていない人というのは、2つのドアを正面からみて「どっちが正解?」で止まっている状況。illustration:くさのなおひで
ドアの先が見えている人というのは、上からドアの先にある道を眺めて「あとからの処理でいくらでも修正が効くな」と考えている状況。illustration:くさのなおひで

 最初の決断のあと、「思い通りではなかった」というBAD STORYから「じゃあ次はどうする?」という準備をいかにできるか。言い換えると、最初にどのような選択肢を選び、どのような結果になってもその後に「成功だ」と言える段階にまで引き上げる力のほうが大事です。これは現実的な実務を進める能力です。最初の選択の際にすべてを見通して、最高の一手を考えるなど予言者になろうとしているようなものです。

2. 「小さく試す」工夫をする

「実際に転職する」という大きなステップの前に、新しい仕事や職場を知ることはできないか

新しい製品に大きな資金をかける前に簡単な試作品を作れないか

大々的に発表する前に、友人やSNSで反響を知ることはできないか

 いかにコストをかけずに擬似体験やお試しをするかということは「決める」技術のなかで最も重要なものです。これらは「スモールスタート」や「リーンスタートアップ」などと言われています。外部から見ると「非常に良さそうな大きな決断」に見えますが、その裏では、「小さな決断による情報収集」で成功の精度を高めているのです。

 ある話題の製品のニューモデルの「試作品」のデザインがSNSで流出するということが時々あります。すべてとは言いませんが、意図的に試作段階で流出させ、SNS上の反響をみて、実際にどのデザインでローンチするかというのを決めている企業は少なくありません。公式発表後に悪評を受けるのに比べ、公式ではない「流出」によって、すさまじい数のユーザーの評価を収集できる。そして、しれっと評価の低いものはなかったことにできる。なんとリスクもコストも低いテストなのでしょうか。「流出」というキーワードで話題性も抜群です。

話題の製品のニューモデルのサンプルデザインを意図的にSNSで流出させ、反響を見て本番デザインの選定の参考にすることを流出マーケティングという。illustration:くさのなおひで

 「あの大きな決断がうまくいかなければ倒産していた」なんていう武勇伝は読書だけに留めておきましょう。そのような決断をする企業は2、3回目の決断で必ず倒産します。「社運を賭けた」というのは、あくまで耳目を引くための「盛ってる」表現にすぎないのです。

「決める力」とは

 決める力のある人は「よい選択をする」ことができる、つまり予言能力が高いのではなく

・「小さく試す」ことで有益な情報を集めている

・「決めたあと」に発生するBAD STORYへの対策ができている

 という決断前後の準備能力が高いのです。そして、「決断」自体の重要性を軽減しているのです。これこそ「決める力」の正体なのです。

 次回は「決める技術」の第2回として、「相手にどのように判断されるかこわくて決められない」を克服するコツを取り上げます。

【プロフィール】苅野進(かりの・しん)

子供向けロジカルシンキング指導の専門家
学習塾ロジム代表

経営コンサルタントを経て、小学生から高校生向けに論理的思考力を養成する学習塾ロジムを2004年に設立。探求型のオリジナルワークショップによって「上手に試行錯誤をする」「適切なコミュニケーションで周りを巻き込む」ことで問題を解決できる人材を育成し、指導者養成にも取り組んでいる。著書に「10歳でもわかる問題解決の授業」「考える力とは問題をシンプルにすることである」など。東京大学文学部卒。

【今日から使えるロジカルシンキング】は子供向けにロジカルシンキングのスキルを身につける講座やワークショップを開講する学習塾「ロジム」の塾長・苅野進さんがビジネスパーソンのみなさんにロジカルシンキングの基本を伝える連載です。アーカイブはこちら