ユニクロなどSPA(製造小売業)業態の一部勝ち組を除いて、アパレル業界全体の苦境がささやかれて久しくなります。オンワードやワールド、三陽商会など名門アパレル企業の店舗閉鎖やリストラのニュースはもはや珍しくもありません。EC(電子商取引)台頭の一方で百貨店業態の衰退など流通環境の変化が大きな背景ではありますが、カジュアル志向、つまり快適で安価なファッションを好む生活者の意識変化も大きく影響しているに違いありません。
そんな移り気なアパレル業界で、1976年原宿に6.5坪のお店、翌年は渋谷「ファイヤー通り」に2号店をオープンして、今やグループで社員2000人以上、国内外約160の店舗を展開するBEAMSは「セレクトショップ」を日本人の生活に根付かせただけでなく、長きにわたり熱心なファンに支持されてきた存在です。
今回まさに大再開発中の渋谷駅西口エリアにオープンしたランドマーク商業施設「東急プラザ渋谷」のアイコンショップとして「BEAMS JAPAN」をオープンさせた設楽洋BEAMS社長にお話を聞かせていただきました。
日本の未来を象徴する街「渋谷」で新たな実験
--今回渋谷の新しいランドマークに出店される「思い」や「こだわり」を聞かせてください
「BEAMSは一号店、二号店と渋谷区で産声をあげました。それ以来43年、まだまだ渋谷も原宿もこれほどファッションの街としてにぎわう前から活動の場としてきた思い入れがあります。近年ではIT企業の進出も活発ですし、学生さんから社会人、あらゆる人種が行き交う街になっています。また渋谷区自身がLGBTQも含めて色々な人たちを受けいれる姿勢をもっている点も大きいですね。そして渋谷は最先端都市の部分と明治神宮や東郷神社など歴史的文化の街の要素もあわせ凝縮させた日本の未来を示すような街だと考えていますので、そこでまた新たな実験をしていきたいと考えました」
「また、渋谷区とBEAMSはパートナーシップ協定を結んでいます。渋谷区をファッショナブルな街にするには、区役所自身もファッショナブルでなければいけないと、BEAMSが職員への装い提案やアドバイスをしたり密接な関係を築けていて、手ごたえを感じています」
新しい時代の店のあり方を提案
--ECの隆盛や百貨店の大量閉店などファッション流通が激変する中での新店舗の位置づけ、リアル店舗に込める意味を教えてください
「BEAMSは、まだセレクトショップという言葉もなかった時代からセレクトショップというお店作りに取り組み、当初より我々は十カ店で良いと考えてきました。ただ今の時代はeコマースの時代ですし、街も大きくなり商業施設も増え、お店が五万とある時代です。『店持ち小売り』というだけではとてもやってはいけません。今回のお店(ビームス ジャパン 渋谷)を立ち上げた理由も、我々は単純にモノを売って商売するというだけでなく、店というステージをもった企画集団になりたいという考えからです。実際に地方の企業や職人さん、各地の行政、海外からもBEAMSと組んでただモノを作るだけでなく、何かコトを起こせないかとコラボレーションが様々動きだすようになってきています。そういう意味ではお店がステージのような位置づけになってきています。そんな新しい時代のお店のあり方というものを提案していきたいと考えています」
「匠からオタクまで」ミックスして提供
--BEAMSブランドを訴求する上で特に重視されているタッチポイント(顧客接点)として、お店のスタッフをあげられていますね
「BEAMSには、色々なジャンルの趣味を持ったスタッフが集まっています。例えばアウトドアとか伝統工芸、オタク文化に詳しいスタッフなど色々います。BEAMS JAPANのコンセプトは『匠からオタクまで』。日本の伝統工芸を扱っているところであれば百貨店や美術館がありますが、一方でオタク文化を扱うのは秋葉原や中野ブロードウェイなど。でもその両方をミックスして提供できるのはBEAMSしかないのではないかと思っています。そして、自分たちが生活で使って本当に良いと思うモノをお客様に薦めているリアリティーも大事だとこだわっています」
日本の良いモノを海外に発信
--今回特にこの渋谷店で展開する「BEAMS JAPAN」業態のねらいと位置づけを聞かせてください。
「創業から40年間BEAMSは海外の良いモノを紹介してきましたが、四十数年たってBEAMSは日本の良いモノ、コトを海外に紹介していきたいと考えています。ただそのためには日本人自身が『日本のモノっていいよね』とか『日本の文化ってカッコいいよね』と誇りに思わなければ難しいと思っています。そういう意味で日本人自身が気付いていない日本のカッコいいもの、面白いものを集めて日本人に気づかせる場を『BEAMS JAPAN』というかたちで提供することで、結果海外の人たちにも日本の文化の良さを本当に伝えられる、そのきっかけにはなっているのではないかと考えています」
自由や多様性を追求するファッション産業担う気骨
ファッション企業の経営者といえば軽妙、洒脱にして、こう言ってはなんですがちょっと”チャラい“人物を想像しませんか?
設楽社長は良い意味でそんな先入観とはまったく無縁の方でした。
ソフトな語り口で理路整然としていながらしっかりと伝わる言葉で文化産業としてのファッションを語る姿は、どんな重厚長大産業の経営者にも引けを取りません。浮き沈みの激しいアパレル業界の、まして小売業態で2000人を率いるまでに会社を着々と成長させた経営者のカリスマを率直に感じたインタビューでした。
ブランディング視点でもお店のスタッフを「生活者のプロ」として最大のタッチポイント(“個客”接点・訴求接点)と位置付けているとのこと。ブランディングといえばまだまだ本部主導で行う「私企画する人、私売る人」式の発想が多い中、お店のスタッフの個性や、お客さんとの関係性を重視するスタンスにぶれがないことは言葉の端々からもうかがえました。BEAMSブランドが支持され強い秘密はどうもこの辺にあるように感じました。
最後にもう一点、そんなスマートで知的な設楽社長ですが、大きなチョークストライプのスーツにシャツは大胆なグレンチェック柄のクレリックシャツ。ファッションのセオリーからはありえない組み合わせです。もちろんそんなことを一番知っているのは設楽社長に他ならないでしょう。
インタビューの中でもLGBTQやオタクといった人々へのシンパシーを感じさせてくれますが、そんなところにも、ファッションという本来的に自由や多様性を追求する産業を担う気骨や矜持を感じ正直うれしくなってしまいました。
【ブランドウォッチング】は秋月涼佑さんが話題の商品の市場背景や開発意図について専門家の視点で解説する連載コラムです。更新は原則隔週火曜日。アーカイブはこちら