世界を席巻するジャパニーズホラーの旗手 「犬鳴村」清水崇監督が見せる自信
今から16年前の2004年、映画大国・米国に乗り込み、“ジャパニーズホラー旋風”を巻き起こした清水崇監督の新作ホラー映画「犬鳴村」が封切られた。映画「呪怨」のリメイク版でハリウッドデビューを果たし、全米興行成績でナンバー1を獲得したその人気と知名度は健在。世界市場で評判となり、映画完成前から、既に世界101カ国・地域の映画会社が、配給権やDVDセールス権などの獲得に名乗りを挙げる異例の展開に。この事態に清水監督は、「決して世界市場を意識して撮っているつもりはないが、“恐さ”は世界共通。普遍のテーマなのだと思います」と世界の熱狂ぶりを冷静に分析する。ジャパニーズホラーで世界を席巻する清水監督に聞いた。
「呪怨」など数々のホラー作品を日米で製作し、世界の映画ファンを魅了してきた清水監督が、「初めて実在する日本の心霊スポットをテーマにホラー映画を撮る」というニュースは、撮影前から話題を集めた。
このニュースは国内だけでなく、海外へも広がった。
その中で、ジャパニーズホラー人気の世界規模での浸透ぶりを証明する事態が起こった。
映画「犬鳴村」を日本で撮影中の2018年11月、米国で開催された、世界各国の映画会社が参加する映画マーケットとして有名な「アメリカン・フィルム・マーケット(AFM)」の中で、初めて映画「犬鳴村」(英語タイトル「HOWLING VILLAGE」)の企画が発表された。すると、配給会社の東映に、アジア圏を中心に世界各国の映画会社から、版権などに関する問い合わせやオファーが殺到したのだ。
東映の国際営業部は、かつて経験したことのない、この反響に驚いたという。「映画完成前から、これほど世界のマーケットから問い合わせがあるのは、東映だけでなく、日本映画では異例のケースです」と同部は話す。
米国での盤石な人気
「ハリウッドと日本での映画製作の違い? とくに大きな差はないですよ。撮る際に、意識したこともありません」
日米両方の製作現場を間近で見てきた清水監督はこう語る。
2003年、日本で劇場公開された映画「呪怨」が大ヒットし、清水監督はジャパニーズホラーの旗手としての名を日本映画界の中でほしいままにした。
さらに、「呪怨」を見たハリウッドの重鎮、サム・ライミ監督が、「米国版としてリメークしたい」とプロデューサーとして名乗りを挙げ、清水監督を米国版の監督に指名したのだ。
サム・ライミ監督は、「スパイダーマン」シリーズを手掛け、世界のヒットメーカーとして知られるが、1981年、世界でホラーブームを起こした映画「死霊のはらわた」でデビュー。同じくホラー映画でデビューした清水監督の才能にほれ込んだのだ。
“ホラー映画の日本代表”として米国での撮影現場や米国人俳優やスタッフらを日本へ呼んで陣頭指揮した清水監督は、当時をこう振り返る。
「邦画の製作日数はハリウッド映画に比べて短いといわれていましたが、実際、そうではないことが分かりました。米国では朝から夕方まで、と一日の撮影時間が制限されています。一方で、日本では徹夜での撮影も珍しくない。結局、通算すると撮影時間はあまり変わらない」と苦笑しながら、日米の製作スタイルを説明する。
こうして習慣や文化の違いに戸惑いながら完成させた米国版「THE JUON/呪怨」は、2004年に公開され、米国中で大ヒット。日本人監督による実写映画として、初めて全米興行成績初登場1位に輝くという快挙を成し遂げた。さらに、2年後、続編の「呪怨/パンデミック」も1位を獲得。
映画の本場、ハリウッドで認められた「呪怨」シリーズによって、ジャパニーズホラーは世界で通用することを証明したのだ。
日本伝統の恐怖へのこだわり
清水監督の新作「犬鳴村」は、福岡県に実在する心霊スポットをモチーフに作られている。
突然、兄が行方不明になるなど、臨床心理士、森田奏(三吉彩花)の周りで奇妙な出来事が相次いで起こる。事件の共通点は、心霊スポットとして知られる「犬鳴トンネル」だった…。
この土地にまつわる史実や伝説。そこに心霊スポットならではの噂話や都市伝説なども加えられた物語は、じわじわと見るものを恐怖の世界へと誘う。
近年の派手なハリウッドのホラー大作のような、たたみかけるように間髪なく恐さを突き付けてくるスピーディーなテンポとは明らかに違う。
「あえてハリウッドホラーの得意な、キレのあるカット、スピード感ある映像で展開させていく映画にはしませんでした」と清水監督は打ち明け、こう説明を続けた。「むしろ、ジャパニーズホラーという言葉が生まれた当時の、古くさいイメージを意識して撮りました」
作家、横溝正史原作で、探偵の金田一耕助が登場する傑作「犬神家の一族」を強く意識したとも。そんな清水監督の思いが、映画の題名「犬鳴村」にも現れている。
新たな海外展開へ
ジャパニーズホラーの世界進出は、新たな展開を迎えている。
昨年10月、中国で開催された「平遥国際映画祭」に、映画「犬鳴村」が日本から招待され、上映されたのだ。
「日本のホラー映画が、映画祭とはいえ、中国の映画館で上映されることなど、まさか想像もしていませんでしたからね」と、同映画祭に招かれ、記者会見にも出席した清水監督は語る。
映画「犬鳴村」を同映画祭に招いた、元ベネチア国際映画祭のディレクター、マルコ・ミュラー氏は、「清水監督はベネチア時代から注目している」と言い、「幽霊やカルトなどを描くこれまでの『怖い映画』を、彼独特の視点から現代的な恐怖の映画へ、革命的に変えた新しい世代の監督だ」などと、「犬鳴村」を選んだ理由について語っている。
また、平遥国際映画祭主宰者で、中国を代表する気鋭、ジャ・ジャンクー監督も、「清水監督が撮るホラーは、ただの恐怖映画ではない。恐さの奥に、社会的メッセージを込めることができる映画監督だ」と絶賛した。
同映画祭最大の劇場で「犬鳴村」は上映された。上映後、満員の1500人の観客から大きな歓声と拍手を送られた清水監督は、「当初は、ホラー映画が公開されることのない中国での上映に不安もありましたが、日本とはまた違う中国の映画ファンの盛大な反響はうれしかった」と語る。
米国を席巻したジャパニーズホラーの旗手は、更なる世界展開に手ごたえをつかんだようだった。