仕事で使えるAIリテラシー

「機械が仕事を奪う」は誤解 AIブームを正しく理解しよう

高田朋貴

 みなさま、はじめまして。AI(人工知能)の開発・運用、AI人材の育成・採用サービスを提供している、株式会社SIGNATE(シグネイト)の高田朋貴と申します。AIを開発・運用するために必要な人材の条件や、AIを適切に活用していくためにビジネスパーソンが身につけるべきリテラシーについて紹介していく本連載。第1回は、「なぜAIは日本企業にとって重要なのか」についてお話したいと思います。

 AIに期待が集まる2つの理由

 今、日本は空前のAIブームです。弊社も出展している「AI・人工知能EXPO」は年々来場者数が増え続け、昨年4月の開催では、AI専門の展示会にもかかわらず、4万8000人以上の来場者数を記録しました。盛況につき、今年からは年2回の開催になるそうです。

 どうして、これほどAIへの注目が高まっているのでしょうか? その理由は大きく2つあると考えています。ひとつは深刻な人手不足。少子高齢化が進む中、労働人口の減少に多くの日本企業が頭を悩ませています。だから、これまで人間が行っていた単純労働を機械に置き換え、少ない人数で仕事を回せるようにしたい。そういうニーズがあります。

 もうひとつは、生産性の向上です。AIの導入によって無駄な作業を減らし、従業員にはもっと生産性の高い仕事に集中してもらいたい。単に仕事を機械で置き換えるのではなく、人間とAIがコラボレートすることで、仕事の全体的なクオリティを上げられるのではないかという期待があるのです。

 では、実際の例を挙げて説明しましょう。

 属人的なノウハウを企業の資産にする

 以前、SIGNATEでは食品メーカー様の依頼で、「豆腐の需要予測」というコンペティションをAI開発者向けに行ったことがあります。豆腐は生鮮食品なので長持ちしません。作りすぎてしまったら破棄となり、不足となれば機会損失になる。だからメーカーとしては、明日は何丁の豆腐が売れるのか正確に予測したいわけです。

 その予測は今まで現場の責任者の経験と勘に基づいて行われていました。気温や湿度、過去の売れ行きや近隣のスーパーの賑わい具合など、さまざまな情報から総合的に判断していたのです。コンペティションでは、そういったデータをAIが分析することで、「明日、何丁の豆腐が売れるのか?」という需要予測の精度を競いました。その結果、人間が行っていた場合に比べ、予測精度は15%改善しました。

 AIによって無駄なコストをカットできたわけですが、この事例の意義はそれだけではありません。実は企業の人手不足の解消にも役立っています。

 企業の中にはさまざまなノウハウが蓄積されています。需要予測もそのひとつでしょう。しかし、そのノウハウの多くが属人的なものになってしまっているために、豊富な経験を積んだベテランが退職してしまうと、ノウハウそのものも失われてしまう。これは従業員の高齢化が進む日本企業の大きな課題になっています。

 しかしこのケースでは、それまでベテラン社員の経験と勘に頼っていた判断をAIに置き換えられるようになったことで、需要予測のノウハウを企業の資産として社内に蓄積することができるようになりました。極端な話、明日から若手社員だけで豆腐工場を運営しなければならなくなったとしても、ベテラン社員と同じかそれ以上の精度で需要予測を立てられるようになったわけです。

 人が次々と辞める現場を改善する

 ただ、こうした話をすると、「機械に仕事が奪われるということではないか」と心配する声が必ずあがります。しかし、それは誤解です。

 たとえば、工場の製造ラインでの検品作業は、これまで人間の手によって行われていました。目視によって製品をチェックし、不良品が混ざっていないか確認していたわけです。

 しかし、この作業は従事する方々の負担が非常に大きく、人手を確保することが難しいと言われてきました。せっかく働き手を見つけても、すぐに辞めてしまう。ただでさえ労働人口が減少しているのに、今までと同じやり方では工場が立ち行かなくなってしまいます。

 そこで一部の企業で導入されているのが、AIによる異常検知の自動化です。製品のデータを学習したAIが、カメラやセンサーによってパターンに合致しない”不良品”を検出。この画像認識という技術によって、人間が行うよりも正確かつ迅速な検品作業を実現しています。

 人間と同じようにAIにも得意・不得意がある

 現在主流のAIは機械学習という技術によって実現していますが、これは人間の「知能」のようにさまざまなことができるものではなく、予測や分類という「知的行為」に特化して機能します。ただ、その精度が人間よりもはるかに高いため、これほど注目されるようになったわけです。

 ここで言いたいのは、「AIは何でもできるわけではない」ということです。人間に得意・不得意があるように、AIにも得意・不得意があります。「機械が人間の仕事を奪う」わけではなく、機械が得意なことは機械にやってもらい、人間は人間が得意なことに集中する。それがAIを導入する最大の意義なのです。

 工場の検品作業の例でいえば、そもそも人間が不得意な作業をやっていたために、従業員の方々に強い負荷がかかっていたのだと言えます。それがAIに代替できるようになったことで、限られた人材をもっと有効に活用することができるようになりました。

 このようにAIの導入は、企業の人手不足の解消と生産性の向上に寄与すると期待されています。そして、それは日本全体の課題に直結しています。だから、AIの重要性は今後も高まっていくと考えられているのです。

 しかし、現状のAIに何ができるのか。あるいは企業が正しく活用するためにはどういうことを知っていなければならないのか。そういった”AIリテラシー”が今の日本で広く共有されているとは言えません。そこで次回は、AIをビジネスの現場に導入するために、真っ先に抑えておくべきポイントをお伝えさせていただきます。

高田朋貴(たかだ・ともき) 株式会社SIGNATE シニアデータサイエンティスト
明治大学大学院理工学研究科博士後期課程修了。専門はコンピュータサイエンス(言語処理、人工知能等)。2015年、株式会社オプトホールディングのAI研究開発部門「データサイエンスラボ」に入社。同部署にて、主にAI開発のためのコンサルティング/受託分析や分析コンペティション設計、データサイエンス講座講師等に従事。18年4月、データサイエンスラボの事業統合を機にSIGNATEに参画。19年4月より現職。博士(理学)。

【仕事で使えるAIリテラシー】は、AI開発、AI人材の育成・採用を手がけるSIGNATEのデータサイエンティスト・高田朋貴さんが、ビジネスパーソンとしてAIを正しく理解し、活用する方法を解説します。アーカイブはこちら