【ミラノの創作系男子たち】文化の壁に悩むインド人留学生 デザインで社会課題解決を目指す~女子編

 
アディティさん

 「ミラノでデザインを学び、インドに戻ってそれをソーシャルイノベーションに使いたいの」と語るアディティは、ミラノ工科大学修士課程で勉強するインド人の女学生だ。インドで心理学を学び、卒業後は社会課題に取り組む団体などで活動してきた。

 彼女がそうした道に関心を抱くようになったのは、ボランティアで社会的階層の低い子供たちに英会話を教えるようになったからだ。英語が話せるかどうかは22の公式言語があるインドで生きぬくに大切なスキルであり、そこに社会の問題を解決していく鍵があると考えるからである。

 電力会社のエンジニアの父親のもとで育ったアディティは、高校まで「狭い世界」に生きてきた。火力発電所を中心に直径数十キロの範囲に生活のすべてがあった。日常の買い物から教育施設までインフラが整い、「医療を受けるにはお金が必要というのは、その街を出て初めて気づいた」というほどに父親の勤める企業の枠のなかで生活し、学校教育も英語で受けてきた。

 「この社会でよい職に就くとはエンジニアか医者になることだよ」と父親に教えられてきた。娘はエンジニアより医者の方が合っていると思い医学部の進学を試みたが叶わなかった。心理学を選んだのは医療の一部に位置するからだ。

 弁護士はどうなの?と聞くと、インドでは法曹界はそれほど人気あるステイタスにないとの説明が返ってくる。

 チベット地方の標高2000メートルに近い公立小学校でも英語を教えた経験を経て、社会の「ややこしさ」を何とかできないかとの思いが強くなる。そうしたなかで米国の認知科学者であるドン・ノーマンの著書『誰のためのデザイン?』に出会い、そこからデザインの存在を意識するようになったのだ。

 1年間、ドイツの大学のオンラインコースでデザインを勉強してみた。だが、更に学びを深めたいと留学先を探しはじめる。米国は候補から真っ先に外れた。得られる奨学金の金額を勘案すると授業料が高すぎた。国立大学のミラノ工科大学が、こうした検索のプロセスで学びたい分野との複合で浮上してきたというわけだ。

 ミラノに来て半年だ。郊外に住み、やはり市内の中心からやや外れた場所にあるキャンパスに通うアディティは、「浮かれた生活」からは距離をもっている。

 「私は機能的な人間なので、お洒落のために服にお金を使う趣味はないの」と話す彼女は、機能的な服を好み、余計な服を買うこともしない。ミラノのファッションのトレンドを見歩くなど無縁の習慣である。「あまりに選択肢があり過ぎて困る。それに高価すぎる」とも話す。

 アディティとイタリアについて話していると、ぼくが日本との比較でみているイタリアと異なった評価があって面白い。

 「イタリア人はイタリア語で通じる人同士で固まる傾向があって閉鎖的と感じる」

 そりゃあ、多数のローカル言語と英語が共存しているインドからすれば、そうだろう。ぼくはイタリア人を責める気にまったくなれない。

 「イタリアではカフェや車内で偶然隣同士になった見知らぬ人たちが会話することが少ない」

 日本人のぼくからすれば、イタリア人はコミュニケーション力を充分に発揮しているとみえる。あえて言えば、地方とミラノのような都会を比べると、ミラノの方が澄まし込んでいる。その点で彼女の指摘は正しい。

 アディティによれば、インドではコミュニティのなかに見知らぬ人をひき込む力がもっとある。旅人を自宅に受け入れお茶をご馳走することが珍しくない。しかしながら、彼女はイタリアでそういう経験を未だあまり得ていないという。

 「やはり、私がイタリア語を話せないので、コミュニティに受け入れてもらえないのでしょうか…」

 多分、それはあるかもしれない。ただ、田舎町にいけば「奇跡」は簡単に起こりうる。

 アディティが修士課程を終えるには、どこかの組織の現場でインターンシップを経験しないといけない。

 「民間企業でのビジネス最前線ではなく、アフリカの社会や難民のために活動している非営利団体で職業経験できるような機会を探している」と彼女は話す。そこでも、イタリア語の壁があるのではないかと彼女は心配している。

 こうした危惧がありながらも、彼女はイタリアの生活は快適だと享受している。何もかもインドと比べると物価が高いが、例外がある。ワインだ。

 「インドでは1本20ユーロのワインがイタリアでは3ユーロで済む!」と笑う。

 インドではバトミントンや水泳などスポーツに励んだが、ミラノに来てからは大学の勉強が忙しいのと心の余裕がなく、このところ身体を動かしてこなかった。

 「でも公共交通があてにならないインドではUberばかり使っていたから、歩いて出かけるなんて滅多になかったけど、ここではおかげで沢山歩いている」

 と言いつつ、気力が上向きになってきたのか、来週はジムに行こうと考えている。身体を使う場にいると案外文化差を感じなくなるものだ。一年後、インドに戻る前にもう一度彼女から話を聞きたいと考えている。それまでにイタリアのコミュニティに歓待された経験が増えていればと願う。

【プロフィール】安西洋之(あんざい・ひろゆき)

モバイルクルーズ株式会社代表取締役
De-Tales ltdデイレクター

ミラノと東京を拠点にビジネスプランナーとして活動。異文化理解とデザインを連携させたローカリゼーションマップ主宰。特に、2017年より「意味のイノベーション」のエヴァンゲリスト的活動を行い、ローカリゼーションと「意味のイノベーション」の結合を図っている。書籍に『「メイド・イン・イタリー」はなぜ強いのか?:世界を魅了する<意味>の戦略的デザイン』『イタリアで福島は』『世界の中小・ベンチャー企業は何を考えているのか?』『ヨーロッパの目 日本の目 文化のリアリティを読み解く』。共著に『デザインの次に来るもの』『「マルちゃん」はなぜメキシコの国民食になったのか?世界で売れる商品の異文化対応力』。監修にロベルト・ベルガンティ『突破するデザイン』。
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ミラノの創作系男子たち】はイタリア在住歴の長い安西洋之さんが、ミラノを拠点に活躍する世界各国のクリエイターの働き方や人生観を紹介する連載コラムです。更新は原則第2水曜日。アーカイブはこちらから。安西さんはSankeiBizで別のコラム【ローカリゼーションマップ】も連載中です。