【5時から作家塾】尾道の成功例「尾道空き家再生プロジェクト」に学ぶ地方再生のカギ

 

 いま、日本各地で大きな問題となっているのが、空き家である。

 総務省統計局の調査によると、2018年の全国の空き家の数は846万戸と過去最高を記録。住宅の13.6%が空き家のまま放置されている状態だ。空き家問題は解決に時間を要するが、努力と工夫で成功している事例は少なくない。その一つ、広島県尾道市の活動を取材した。

 訪ねたのは認定NPO法人「尾道空き家再生プロジェクト」。代表を務める豊田雅子さんに空き家が点在する場所へ案内してもらう。

NPO法人尾道空き家再生プロジェクトが主催する活動には、全国から町づくりや建築に関心のある人が大勢やってくる

 向かったのは観光地として有名な大宝山(千光寺山)の斜面。旧市街地である。眼下に瀬戸内海が広がり、快晴の日には四国の山並みまで見渡せる抜群の環境だ。しかし、生活をするには不便な場所である。石段なので車が入れない。商店がないため、買い物には石段を往復して平地の商店街まで行かねばならない。そのため斜面に建つ民家2000戸の25%が空き家のまま放置されている。

 「斜面に建てられた物件の解体費用は、平地の数倍かかります。今の建築基準法では、建築基準法で定められた道路に接していない土地には新築することができないので、空き家のまま放置する持ち主が多いんです。でも、建築的な視点では、貴重な建物が多いの。それが尾道の特徴なんです。町家を始め、土蔵、茶室、日本庭園、洋風建築、眺望を重視した家、珍しい木造三階建てもあります」(豊田雅子さん、以下同)

 確かに歩いていくと次々豪邸が現れる。しかも個性豊かな邸宅ばかりだ。なぜこれほど貴重な建築物が残されているのか。それは尾道の歴史に由来する。

 空き家が示す尾道の歴史

 戦国時代から年貢米の積み出し港として栄えた尾道。江戸時代には北前船の寄港地として隆盛を極め、豪商が次々と誕生した。商人たちは大宝山(千光寺山)の見晴らしがよい場所に「茶園」と呼ばれる豪邸を建て別荘として利用していた。

 ところが時代とともに車社会になり、便利な平地に引っ越す人が増え、不便な傾斜地には空き家が残されていく。現在は、高齢化も手伝って空き家が急速に増えている状態だという。

 尾道の空き家率は、全国平均を上回る18%。空き家を利活用するため、豊田さんが2007年に立ち上げたのが、尾道空き家再生プロジェクトである。

 どんな活動を行っているかというと、まずは、尾道独自のユニークな建物を専門家の案内で見てまわる「建築塾」。空き家再生の現場に足を運び、ボランティアとともに作業体験も行っている。ゲストを招いての空き家談義や空き家での蚤の市。これは空き家に残された道具をリユースするために開いている。毎年開催する空き家合宿というイベントには、全国から建築に興味のある人が大勢集まる。また、行政と連携して、空き家バンクを運営。売りたい(貸したい)人と買いたい(借りたい)人をつないでいる。

 町の現状にショック受け決心

 多彩な活動を繰り広げている豊田さんだが、「以前は建築や空き家にはまったく興味がなかった」という。大学卒業後、JTBの添乗員として8年間海外を飛び回った後、29歳で故郷の尾道にUターン。そのとき、町の現状にショックを受ける。

 「ある新聞記事を見て、尾道の町が大変な状態になっているのを知りました。当時、旧市街地は10軒に1軒が空き家という状態でした。でも、どの家も建築的に貴重な家ばかり。なんとかしなければ5年後にはボロボロになってしまう。どうにかできないかと悩みました。ならば私が買おうと決心しました。添乗員時代に貯めた貯金で2軒の空き家を購入したんです」

 価格は2軒合わせて500万円。物件にもよるが、尾道ではかなりの安価で空き家を入手することが可能だ。

 購入後、大工のご主人も手伝って空き家のリフォームを少しずつ進めていく。同時にブログを始め、空き家再生のことを発信していった。

 「ブログを書いていくうちに次々と相談が来るようになりました。良い空き家はないですか? とか、尾道に移住したいという内容でした。空き家は一般の不動産屋にはあまり出ていません。それで私のところへ相談が来たのだと思いますが、空き家にニーズがあることに気がついたのです」

かつて北前船の寄港地として栄えた尾道の町。いまも大宝山(千光寺山)の斜面地には、風情ある邸宅が数多く残っている

 求めに応じて適した空き家を探していった豊田さん。一人で活動をしていくうちに、共感する人が少しずつ増えていく。

 「最初は、ほんのボランティアのつもりで相談に乗っていたのですが、徐々に人が集まって、大きな輪になっていきました」

 これまでに再生した空き家は20軒。支援をしたサポートプログラムを含めると100軒以上の建物を甦らせている。

 海外からの移住希望者

 空き家再生の話題が広まるにつれ、尾道へ移住する人が増えていった。最近は国内だけでなく海外からの移住希望者もいるという。

 「外国では古い建築物を大切に残しています。先人が残した物を受け継ぐ精神があるんです。尾道は、外国の方から見ても非常に評価が高い、貴重な存在だと思います。若い移住者のおかげで町に活気があふれるようになりましたし、商店街には毎月のように新しい店がオープンしています」

 商店街を歩いてみると、若い人が経営するカフェや雑貨店、ベーカリーがお客さんを集めていた。

 「坂の町・尾道で暮らすのは不便ではありますが、都会の便利さは要らない、自然に囲まれてゆっくりと生活をしたい、という人にはぴったりだと思います」

空き家再生プロジェクトが手がけた物件。100年前に建てられた茶園(別荘建築)を「みはらし亭」というゲストハウスとして甦らせた

 「好きな建物や風景に囲まれて毎日過ごしたい」という思いが根底にある豊田さん。現在は、空き家再生に関する講演会やセミナーからの招待がひっきりなしの状態だ。また、全国から再生のノウハウを学びに来る学生も増えている。

 人が生きた足跡を大切に守り、自分たちの手で再生していく。その活動が町に活気をもたらし、人が集まってくる。簡単にできることではないが、尾道での空き家再生活動は、町おこしの好例だと実感した。(吉田由紀子/5時から作家塾(R)

【プロフィール】5時から作家塾(R)

編集ディレクター&ライター集団

1999年1月、著者デビュー志願者を支援することを目的に、書籍プロデューサー、ライター、ISEZE_BOOKへの書評寄稿者などから成るグループとして発足。その後、現在の代表である吉田克己の独立・起業に伴い、2002年4月にNPO法人化。現在は、Webサイトのコーナー企画、コンテンツ提供、原稿執筆など、編集ディレクター&ライター集団として活動中。

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