最強のコミュニケーション術

日本人は他者を信用しにくい 道徳心はあるのに「自分1人くらい」と思う理由

藤田尚弓

 伝え方や言い回しを変えると、自分を取り巻く環境が変わり、やってくるチャンスも変わっていきます。皆さんは自分のコミュニケーションに自信がありますか? この連載ではコミュニケーション研究家の藤田尚弓が、ビジネスシーンで役立つ「最強のコミュニケーション術」をご紹介していきます。

 第15回は「利己的な行動」がテーマです。新型コロナウイルスの影響で、トイレットペーパーや食料品の買い占めなど、個人の利益と社会全体の利益がぶつかる現象が起きています。「全体のためには○○したほうがよい」とわかっていても、私たちは個人の利益を優先してしまうことがあります。ビジネスシーンでも、全員が協力すれば職場全体にメリットがあるのに、利己的に動いてしまう人がいます。なぜそのような行動をとってしまうのか、協力してもらうことは可能なのかを、確認しておきましょう。

 全員が協力すればよい結果を生むとわかっているけれど…

 新型コロナウイルスの出現で、マスクの転売をする人が現れました。個人の利益は出ますが、買い占めをすれば本当に必要な人が買えなくなってしまいます。マスクが不足すれば、ドラックストアなどの小売店では、問い合わせ対応に時間をとられ、通常業務に支障をきたすということもあるはずです。医療従事者など、マスクを着用するべき人が買えない→マスクを着用できないという状況は、社会にとってもマイナスです。

 「新型コロナウイルスの影響でトイレットペーパーがなくなる」という情報がデマであることを、多くの皆さんが知っていたはずです。落ち着いて必要な分だけを買えば、地域の人たち全員がいつも通り過ごせるのに、備蓄をする人が増えました。そのためデマであったはずが本当に買えなくなり、落ち着いて行動をしていた人たちが困る事態となりました。デマに踊らされないようにしていた人たちも、結局はトイレットペーパー不足の中、慌てて買い求めることになってしまったわけです。

 全員が協力すれば、全員にとってよい結果がもたらされるのに、協力しない人が出てしまう。このような事象はビジネスシーンでもよく見られます。

 例えば「全員が生産性を上げるように頑張れば、企業としての力が強くなり、働く全員にメリットがある」というのは、よくあるケースだと思います。そんな中でも「自分はサボっても大丈夫だろう」と手を抜く人がいます。問題なのは、そういった人を見ると、真面目に頑張っている人たちも協力行動をしなくなってしまうことです。協力行動を選べば、将来的には全体にも自分にもメリットがある。それをわかっていても、なぜ私たちは目先の個人的利益を確保したくなってしまうのでしょうか。

 道徳心があっても利己的な行動をとる3つの理由

 みんなが協力すればいい結果になるのに、道徳心がある人でも協力行動をしない。これはビジネスだけでなく、環境問題、地域の問題など様々なシーンで見られる現象です。どうしてそんな行動をとってしまうのか、主な理由は3つあります。

 【理由1】非協力行動だと気づいていない

 自分が手抜きをしていることが、会社全体に悪影響を与える行動だと気づかないパターン。多少の自覚があっても、その行動が深刻なものだとは思わないケースも含む。悪気なく行動しているだけでなく「メリハリをつけている」「余力を残しておける」と認識していることもある。

 【理由2】「自分の行動くらい影響はないだろう」と考える

 「このくらいならいいだろう」「どうせたいした影響はないだろう」といった考え方で、全体の利益よりも個人の利益を優先してしまうケース。「自分が頑張っても、一人の行動では変わらない」「他の人も無理だと思っているだろう」といった諦めも含む。

 【理由3】「自分ばかりが損をしてしまうのでは」という気持ち

 「全員が協力する」と信じられないケース。非協力行動をしている人を見て、態度を変えるケースも含む。「真面目に協力している人間だけが損をするのでは」と考えて、協力する気持ちはあったのにしなくなる。 

 これらの理由を見てみると、悪意がないケースが多いことがわかると思います。あなたの職場で協力をしてくれない人も、こちらから働きかけをすることで態度を改めてくれる可能性は低くありません。ただし協力を要請するときには、ちょっとしたコツが必要です。

 日本人は他者を信用できない!? 協力をあおぐときのコツ

 「自分だけ損をするのは嫌だ」という感情は誰にでもあるものですが、特に日本人はその傾向が高いようです。日本には「正直者はバカを見る」という言葉があるように、何かを我慢してよい結果に繋げようというとき「他の人も協力するだろう」と信頼できる気持ちが私たちには足りないのかも知れません。他者を信頼できずに協力をやめるという傾向は、アメリカ人よりも日本人のほうが強いことを指摘している研究もあります(※1)。

 協力を依頼するときには、こういった特性をふまえ、以下のポイントに気をつけてみてください。

 ・具体的にやってほしい行動と、その行動が必要であることをハッキリ伝える

 「やってもらえたらいいな」というニュアンスでは、自己利益を犠牲にして動いてくれる人は少なくなります。

 ・職場の全員が協力するということを伝える

 職場において公平性は重要です。「自分だけ損をするかもしれない」と思われないように、職場の全員が我慢して同じ行動をとるということを強調し、責任感、信頼感を持てるように伝えましょう。

 ・協力した人が損をしないようにするということを伝える

 協力しない人が得をしないようなマネジメントが大切です。協力をしたかどうかをチェックすること、協力をしない場合にはなんらかのペナルティを設けるなどの工夫をしましょう。

 ウイルス影響下でのトイレットペーパーの買い占めのように、顔の見えないコミュニティの場合、個人を優先する傾向が強くなりますので、これらのポイントに加えて、「問題の深刻さを理解してもらう」「問題解決のためのルール導入」などのアプローチも必要になります。

 「自分1人くらい」と考える人を減らすための“セット”

 職場で、信頼感を築き、「1人くらいサボっても大丈夫だろう」と思ってしまう人を少なくするためには、普段から公平さが保たれるような職場にしておくことが重要です。「職場がまわっていればそれでいい」と考えるかも知れませんが、利己的に動いてしまう人がいると、「協力行動は損」だと認識されてしまいます。協力依頼は全体に向けてのアナウンスだけでなく、その後の進捗状況の把握、できていない人への個別フォローまでセットにするのが大切です。

 協力行動の浸透を促す3点セット

  •  1.依頼のアナウンス
  •  2.アナウンス後の状況把握
  •  3.協力行動していない人への個別フォロー

※1

Frank, R.F.: Passions within reason: The strategic role of the emotions. W. W. Norton, New York, 1988. (山岸俊男〈監訳〉: オデッセウスの鎖:適応プログラムとしての感情, サイエンス社,1995.)

藤田尚弓(ふじた・なおみ) コミュニケーション研究家
株式会社アップウェブ代表取締役
企業のマニュアルやトレーニングプログラムの開発、テレビでの解説、コラム執筆など、コミュニケーション研究をベースにし幅広く活動。著書は「NOと言えないあなたの気くばり交渉術」(ダイヤモンド社)他多数。

最強のコミュニケーション術】は、コミュニケーション研究家の藤田尚弓さんが、様々なコミュニケーションの場面をテーマに、ビジネスシーンですぐに役立つ行動パターンや言い回しを心理学の理論も参考にしながらご紹介する連載コラムです。更新は原則毎月第1火曜日。アーカイブはこちら