【ミラノの創作系男子たち】リーガル分野の冒険家 交渉に「クリエイティビティは必要だ」
ファビオ・アッツォーリーナは30代前半の弁護士である。ミラノの旧市街でも特に情緒あるゾーンにオフィスを構えている。
理科系高校の生徒だった頃、将来は動物行動学を勉強したいと考えていた。生物の集団形成やその力学などに関心があった。そしてミラノのビコッカ大学に入学した。そこでは動物だけでなく人間の行動も視野に入れ、心理学を勉強しようと思い至る。
だが、ある日、幼少の頃からの同級生の親友に「ちょっと商法の授業に出てみないか?」と誘われ出席し、自分の進むべきはこっちだと瞬間的に判断した。結果、法律を学ぶことに。人間の心理や行動が実際にビジネスの場面でどう作用するのか。そこに彼の好奇心が芽生えた。
もちろん、この説明は自分の数々の選択を現時点から解釈した道のりだ。とはいうものの、「できる人」は比較的に若い年齢から自分の小さな経験をどう積み上げ、それらがどう統合されてきたのかを、結果論であったとしても説明できるものだ。
今は仲間と設立した法律事務所で共同経営者をつとめながら、ロンドンのキングス・カレッジのマスターコースにも在籍している。オンラインとリアルのクラスがある。特に「交渉術」について学ぶことが多い。
「イタリア人は交渉が得意なのに学ぶことあるの?」と、ぼくが尋ねると彼は次のように答える。
「イタリア人の交渉は商売人的だ。今、ぼくが学んでいる交渉術とは違う。例えば、ここにケーキがあったとしよう。商売人の交渉とは、これを2人で半分ずつにするためのものだ。一方、ぼくたちの交渉が目指すのは、2人の当事者がそれぞれに何を利益とみるかを見極めることだ。つまりAはケーキの外側が欲しいと言い、Bはケーキの中心が欲しいと言う。そうなるのがベストだ」
しかも、この交渉術は双方の弁護士が知っていた方がより効率がいい。なぜなら既に同じ土俵に立っているからだ。だから国外企業との交渉が多いファビオには役に立つ。
「じゃあ、相手の言うことをよく聞いて理解しなくちゃあね」とぼくが言うと、彼は「それよりももっと大事なのは、自分のクライアントが何を欲しているのかを知ることだけどね」と笑う。
往々にして、クライアントは「とれるものはすべてとりたい」というからだ。だから「交渉で何をとりたいか」の範囲をはっきりさせるために、クリエイティビティが必要だとファビオは語る。
彼のような「ブティック法律事務所」にとっては、オーダーメイドの質の高いサービスができるかどうかは生命線だ。
リーガルデザインという言葉がある。複雑な状況や法律の文章を一般の人にも分かりやすく説明する手法だ。インフォグラフィックスも使う。さらにリーガル・コ・デザインとのアプローチもあり、クライアントと一緒に解決策を作り、分かりやすいメッセージにのせる。
ファビオは、こうした領域に関心が高い。
昔は、クライアントがある特定の問題に困って法律事務所のドアを叩くことが普通だった。しかし今はそのようなパターンより、全方位の相談を頼まれることが多い。サイバー問題、プライバシー保護、労使問題など多面にわたる法的な関わりを、総合的に対応できるように頼まれる。
若手事業者のリーガルマインドが変わってきているのもある。殊に彼の事務所の場合、イノベーティブなビジネスを目指すスタートアップが顧客に多いので、新しい領域を切り開くに既存の規制との整合性をつけるための総合的サービスが要求される。
一方、ファビオ自身もイノベーションやスタートアップの世界に興味があり、自身が起業するか、弁護士として仕事をするか迷ったほどだ。自然とスタートアップの人たちとの付き合いが多く、彼らを手助けしているうちに弁護士としての位置をさだめた。
私生活も活動的だ。バイク、テニス、ジョギングと身体を動かすのは好きだ。最近はスカイダイビングに凝っている。ピエモンテ州、エミリア・ロマーニャ州、マドリッドやプラハなどいろいろな場所で「空を泳いで」きた。ただ、いつもは陸地に着地するが、「これから海面におりてみたい」と語る。
はじめて飛行機にのったとき、「なんでこんなバカなこと始めたのだ?」と考えた。高度が4000~5000メートルに達し、ヘルメットやマスクを装着して飛行機の扉が開いた瞬間、「ああ、なんてことだ!」と怖気づいた。
しかし、空中に身を投げ出してしまったら、恐怖は何の意味もないと悟る。姿勢を水平にする。空気と自分しかない。風の音はするが静かに思える。
「高いからといって無駄に怖がる必要がない、しかるべき科学的な知識を身に着け訓練をすれば、リスクを避けるのは可能だと分かった」
1日、3~4回は飛ぶ。空中に身を投げ、飛行機が視界から遠のくのを認めるとき、とてもリラックスする。メディテーションをしているようだ。セットしてある高度まで下がってくると、デバイスから音が鳴り、パラシュートを開く。
実は、彼は高所恐怖症だった。これと闘うことにしたのである。不安と恐怖の2つを分け、恐怖を合理的に減らす術を知ったのである。
スカイダイビングをすることによって、リスクへの見極め方に確信がもてるようになったようだ。「怖さがゼロになったわけじゃないけどね」と笑う。
人懐っこい冒険心ある弁護士ほど強力な存在はない。
【プロフィール】安西洋之(あんざい・ひろゆき)
De-Tales ltdデイレクター
ミラノと東京を拠点にビジネスプランナーとして活動。異文化理解とデザインを連携させたローカリゼーションマップ主宰。特に、2017年より「意味のイノベーション」のエヴァンゲリスト的活動を行い、ローカリゼーションと「意味のイノベーション」の結合を図っている。書籍に『「メイド・イン・イタリー」はなぜ強いのか?:世界を魅了する<意味>の戦略的デザイン』『イタリアで福島は』『世界の中小・ベンチャー企業は何を考えているのか?』『ヨーロッパの目 日本の目 文化のリアリティを読み解く』。共著に『デザインの次に来るもの』『「マルちゃん」はなぜメキシコの国民食になったのか?世界で売れる商品の異文化対応力』。監修にロベルト・ベルガンティ『突破するデザイン』。
Twitter:@anzaih
note:https://note.mu/anzaih
Instagram:@anzaih
ローカリゼーションマップとは?
異文化市場を短期間で理解すると共に、コンテクストの構築にも貢献するアプローチ。
【ミラノの創作系男子たち】はイタリア在住歴の長い安西洋之さんが、ミラノを拠点に活躍する世界各国のクリエイターの働き方や人生観を紹介する連載コラムです。更新は原則第2水曜日。アーカイブはこちらから。安西さんはSankeiBizで別のコラム【ローカリゼーションマップ】も連載中です。
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