「3密」そろう投票所 今、ネット投票が存在感

 

 スマートフォンやパソコンから選挙の投票ができる「インターネット投票」の導入に向け、総務省は今年1月、初の実証実験を行った。海外在住の邦人による在外投票への適用を想定したものだが、新型コロナウイルスの影響で外出自粛が求められる現在、感染リスクを封じる策としても注目を集めそうだ。

 《スマホにマイナンバーカードをかざし、パスワードを入れる。本人確認が完了し、画面に表れた立候補者名や政党名をタッチ。やがて「投票終了」を告げるメッセージが表示された》

 その間、わずか5分。「想像以上にスムーズだった」。体験した和歌山県有田川町の男性職員(49)は興奮気味に語る。

 総務省は1月以降、有田川町など全国の5自治体でネット投票の実証実験を実施。有権者役の職員が、同省の試作システムにスマホやパソコンでアクセスして投票し、選挙管理委員会の担当者が開票までの流れを確認した。

 漏洩を防ぐため、投票データは暗号化される。選挙結果は瞬時に端末上に表示され、参加した福岡県小郡市の担当者は「疑問票の判断も不必要になる。職員の数を減らしても迅速かつ、正確に結果を公表できる」と期待を込めた。

 ただ、自治体側からはセキュリティー面の強化を求める意見も。総務省の担当者は「本格導入に向けた技術的な課題の検討を数年内に進めていく」という。

 在外投票から

 ネット投票について、総務省はまず、在外投票での実用化を検討している。

 約140万人の在外邦人が国政選挙に参加する場合、現状では現地領事館などへ出向いたり、国内の選管に投票用紙を郵送したりする必要がある。投票できる期間も短く、投票率は20%前後と低調だ。こうした課題を検討する中で、総務省の諮問機関が平成30年、マイナンバーカードの使用を前提とした在外投票でのネット投票の導入を提言。総務省は、システム開発を進めてきた。

 ネット投票には、天候や災害に左右されないという強みもある。導入されれば、外出困難な高齢者や過疎地に住む人の投票行動を後押しする可能性もある。

 「危険性低い」

 移動や人との接触が避けられるため、新型コロナウイルスをはじめとした感染症対策にも有効だ。有田川町の職員は「重症化リスクのある高齢者が、人が集まる投票所に行く必要がなくなれば、感染リスクは下げられるだろう」と話す。

 投票のIT化に詳しい情報セキュリティ大学院大学(横浜市)の湯浅墾道(はるみち)教授によると、米国では今回の感染拡大を機に、複数の州が本格的な検討を始めた。「現状では投票に行くこと自体がリスク。外出自粛を呼びかけながら、『3密』のそろう投票所に出向かせるのはおかしい」と湯浅氏。投票先の流出やなりすまし、買収の危険性はゼロではないとしながらも、「問題がないと言い切れないのは今の投開票も同じ。現代技術で投票データは高度に暗号化でき、内容が書き換えられる危険性も低い」としている。

 過去には頓挫も

 新型コロナウイルスの影響で、選挙をめぐる状況が一変している。各候補者は接触リスクを減らそうと、7年前に解禁されたインターネットやSNSを活用した選挙戦を展開する。ただ投票は今も、紙と鉛筆のまま。打開策として期待される投開票のIT化だが、過去には苦い歴史もある。

 投開票のIT化のビジョンが初めて提示されたのは平成11年。自治省(現総務省)が海外事例をもとに、(1)指定投票所での電子投票(2)全国どこの投票所でも電子投票が可能(3)場所を問わないインターネット投票-の3つのステップを示し、14年に電子投票法が施行された。全国の10自治体が第1段階の電子投票を導入した。

 しかし、15年の岐阜県可児市議選でサーバーの不具合が起こり、裁判の結果、選挙が無効になる騒ぎに。これを機に、電子投票から撤退する自治体が続出した。現時点での実施自治体はゼロだ。

 ただその後、通信技術の発達やスマートフォン、タブレット端末などの安価で高性能な機器の登場により、投開票のIT化を検討する動きが再開。海外では北欧のエストニアが、IT化の最終段階であるネット投票を各種選挙で積極導入するなどの例も出ている。

 選挙制度に詳しい東北大の河村和徳准教授は、新型コロナウイルスの感染拡大が「投票制度を見直す機会になる」とみる。法改正などの必要はあるものの、まずは候補者名や政党名を自筆する自書式投票から、記号式投票(マークシート式)に切り替える手法を提案し、「有権者や自治体側の負担を減らす投票方法を考えてほしい」と述べた。