「ネット私刑」コロナ禍で過熱懸念 執拗に本人特定、デマも拡散
新型コロナウイルスに感染したことを隠して高速バスに乗った山梨県の20代女性に対して「コロナをまき散らしている」などとインターネット上で批判が集中し、実名や顔写真とされる真偽不明の情報が公開される事態に発展した。事件や災害が起きるたびにこうしたネット上での行き過ぎた誹謗(ひぼう)中傷は繰り返されており、昨年には、あおり運転事件の共犯者と名指しされた無関係の女性が同様の被害を受けた。コロナ禍で外出自粛や休業・休校が続き、不安やストレスのはけ口として、いわゆる「ネット私刑」を容認する空気が蔓延(まんえん)しかねず、専門家は警鐘を鳴らす。(大渡美咲)
個人情報さらし
この女性の感染について山梨県が発表したのは今月2日。県の当初の説明によると、女性は県外からの来訪自粛が要請されていた4月29日に、同県内の実家へ帰省。同僚の感染が判明したためPCR検査を受け、その後の1日に高速バスで東京に戻り、2日に陽性だと確認された-とされていた。
だがその後、女性が陽性だと知りながら高速バスに乗っていたことが判明、報道されると批判が集中した。県には女性に関する苦情・問い合わせが200件以上寄せられた。「女性の行動についての情報をさらに開示すべきだ」という内容や、県の対応を非難するものもあった。
それ以上に激しかったのは、ネット上での批判だ。真偽不明だが、女性本人のものとされる名前や顔写真、SNSアカウントのほか、卒業アルバムなどが次々と出回り、それらの情報をまとめた「トレンドブログ」も登場した。
女性の勤務先としてネット上で名指しされた飲食店が、ホームページ上で「当社関係各位に新型コロナウイルス感染者は確認されていない。この風評被害に関しては、法的措置も視野に厳正に対応していく」と反論するなど、余波は広がった。
《山梨コロナ女》《逮捕しろ》《まだ何か隠している》。ネット上には、女性を誹謗する内容が今も残る。
法的なリスク
女性の行為が軽率だったことは確かだ。
レイ法律事務所の高橋知典弁護士は「検査で陽性だと判明し待機要請が出た後、あえて高速バスで移動していた。バス会社は車両の消毒などの対応をとらざるを得なかっただろうし、業務妨害罪に問われる恐れもある」と話す。
その一方で、ネット上に攻撃的な書き込みをする人々について高橋弁護士は「個人情報を特定できる内容や社会的な評価をおとしめることを書き込めば、名誉毀損(きそん)にあたる可能性がある」と、くぎを刺す。
無関係の企業が女性の職場だと名指しされた一件についても「(ネットの書き込みという)妨害により業務に支障が出るなどの実害が出れば、偽計業務妨害や業務妨害罪に該当する可能性がある」と指摘する。
拡散するデマ
ネット上で一方的に個人を糾弾する「ネット私刑」をめぐっては、お笑いタレントの男性に対し「殺人事件に関与した」などとする事実無根の書き込みや殺害予告をしたとして平成20~21年、男女6人が脅迫や名誉毀損などの容疑で書類送検されたことで注目が集まった。
事件や事故が起きるたびにネット上では、当事者がどんな人物なのか特定しようとする動きがみられる。問題なのは、プライバシーを侵害する個人情報をネット上に無許可でさらす行為にとどまらず、そうした過程で往々にして虚偽の情報が拡散することだ。
最近では昨年8月、茨城県の常磐自動車道で起きたあおり運転殴打事件をめぐり、無関係の女性を「容疑者の同乗者だ」とするデマがネット上で拡散された。この女性のSNSのアカウントには批判が殺到し、職場にも嫌がらせの電話がかかってきた。
“攻撃”は匿名にとどまらず、愛知県の元男性市議がインスタグラムに掲載されていた女性の写真を自身のフェイスブックに添付し「早く逮捕されるよう拡散お願いします」と投稿。女性はデマで名誉を傷つけられたとして慰謝料を求めて元市議を提訴。市議は辞職に追い込まれた。
情報解析会社スペクティの村上建治郎社長によると、デマ情報は大きく分けて、(1)騒いで世間からの注目を浴びたい「オオカミ少年型」(2)外国人や特定の人をおとしめる「ヘイト型」(3)聞いたり見たりした情報を勘違いして広まる「勘違い型」(4)情報の広まりとともに尾ひれがついて話が変わる「伝言ゲーム型」-の4つに分類される。
今回の山梨の女性のケースでは、未知の感染症である新型コロナの不安が広がる中、周囲を危険にさらすような行動を取った人物への憤りが過剰な批判につながり、無関係な店が勤務先だとするデマの拡散につながった。(1)~(4)の要素をほぼ満たしている。
サイバー捜査の高度化により最近はネット上の「匿名の加害者」が特定され、摘発されるケースは珍しくなくない。村上社長は「注目が集まるニュースなどがあった際に個人情報を特定するという動きは増えているが、ネットユーザーも自分が受け取った情報が本当に正しいのか、自制心を持って確認するようにすべきだ」と呼びかけた。