【ローカリゼーションマップ】イノベーションにヒーローはいらない 「意味ある目的変更」は深い思考から

 
※画像はイメージです(Getty Images)

 俗に言われる「ぶっ飛んだイノベーション人材」とは幻想である。少なくても、今の世の中ではだんだんと古臭いイメージになっているのではあるまいか。それなのに、この類の人材を待望する声はなかなか消えない。

 たった1人でビジョンを生み出し、何らかの具体的なコンセプトに落とし込み、八面六臂の行動力で周囲の人を説得して巻き込み、プロジェクトを成し遂げる。そして、そのプロジェクトの社会的なインパクトは群を抜いている…。

 新事業開発であれ、商品企画であれ、社会的活動であれ、どの分野でも、そういう人が最高だと思われている。いや、正確に表現すれば、「思われ過ぎている」。

 殊に、「出る杭は打たれる」風土にあっては、「出すぎた杭は打たれない」を強調する需要がどうしてもある。

 だが、その手の人材をゼロから育成するというのは極めて挑戦的だ。それだけでなく、仮に一見「ぶっ飛んだイノベーション人材らしき」人が育ったとしても、今日求められるイノベーションに相応しくない可能性が高い。即ち「出る杭は打たれる」文化的特徴を運用するに夢中なあまり、あるいは特徴の不利な点を反省するあまり、イノベーションを巡る大きな動向を見失っている。 

 どういうことだろうか?

 今年2月のコラム『洗練されたリーダーシップは「聴く力」に支えられる 日本文化が生かされる時』に以下を書いた。上記は、この内容と関連する。

 “現在言われるリーダーシップとは、誰でもその状況になれば発揮することが期待される素養である。組織の一定の地位にある人に任せておくものでは、すでにない。一言でいえば、前述したように、進むべき方向を決めることができる人である。その方向が結果として良いか悪いか、これは決める段階で誰にも分からない。だから一度決めた方向がまずいと分かったら、その時点で方向転換を図るべきと確信を持てる人でもある”

 さてイノベーションには2つしかない。

 目的地を変更するか、目的地への到達の仕方を改善するかの2つである。そして、「ぶっ飛んだイノベーション人材」が期待されるのは、目的地の変更ができる人だ(と、思い込んでいる人が多い)。しかし、目的地の変更ができる新しいリーダーシップ像は他人の声に耳を傾ける人である。前のめりの突進型ではない。

 まず人材の話をする前提をはっきりとさせておこう。育成よりも発掘である。「誰にでもイノベーターの素養がありますよ」と片端から甘い言葉でささやくよりも、潜在性の高い人材を数多く発掘するのが先決である。

 ここで「誰にでもイノベーターの素質がある」との説を否定しているのではない。誰でも「ある特定の状況において」イノベーターになりうる可能性はあるが、「ある特定の状況の数」が多い人と少ない人はいる。だからよりイノベーター資質の出現率が高い人を見つける方が良いということだ(イノベーター願望の強い人の人生の満足度は別の話)。

 次に先に言及したように、リーダーシップは目的地を変更できる人である。しかも、それをジャンヌ・ダルクのように1人で旗を振って周囲の人を引っ張るのではなく、周囲の人がグループで新しい目的地に変更できるように「誘導する」ことが求められている。そして、あえて言えば、そうした誘導を受けることを「自分の得にならない」と考えるのではなく、「チーム全員の得になる」と率先して考える人が「リーダーシップの素養をもったフォロワー」である。

 1人の発想が仮に斬新であっても、自己完結型の人間でイノベーションを目指すコミュニティは動かせない。しかも、今強く求められるイノベーションは、発想の斬新さに基づくものではない。「意味ある目的変更」である。この点に多くの人の関心が向いている。したがって、その変更をコミュニティのなかでコンセプトとして強化していき、それを実践に移行していくコラボレーションのプロセスが重視されるイノベーションにあって、ヒーローは不要なのだ。

 即ち、意味ある目的地の変更を成し遂げるには、対象とするコンテクストの理解に基づいた「深い思考」が必要だ。キャラクターが尖がっているかどうかなど、あまり問題ではない。それは周囲に潰されないための目隠しに過ぎない。

 ここでイノベーターに必要なのは、よく言われる旅の回数や移動距離に象徴される精力ではない。自然のなかに浸ることでもない。それらは気分転換や頭の切り替えに役立つかもしれないが、肝心な点で本当に必要なことではない。

 以下は比喩である。

 本当に必要なのは、歴史ある都市を色々なアングルから散策しながら、肩を並べて歩いている人の呟きをしっかりと耳に留めることだ。そしてその相手と楽しい会話ができること。

 かなりイノベーターの印象が変わるでしょう?

【プロフィール】安西洋之(あんざい・ひろゆき)

モバイルクルーズ株式会社代表取締役
De-Tales ltdデイレクター

ミラノと東京を拠点にビジネスプランナーとして活動。異文化理解とデザインを連携させたローカリゼーションマップ主宰。特に、2017年より「意味のイノベーション」のエヴァンゲリスト的活動を行い、ローカリゼーションと「意味のイノベーション」の結合を図っている。書籍に『「メイド・イン・イタリー」はなぜ強いのか?:世界を魅了する<意味>の戦略的デザイン』『イタリアで福島は』『世界の中小・ベンチャー企業は何を考えているのか?』『ヨーロッパの目 日本の目 文化のリアリティを読み解く』。共著に『デザインの次に来るもの』『「マルちゃん」はなぜメキシコの国民食になったのか?世界で売れる商品の異文化対応力』。監修にロベルト・ベルガンティ『突破するデザイン』。
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ローカリゼーションマップとは?
異文化市場を短期間で理解すると共に、コンテクストの構築にも貢献するアプローチ。

ローカリゼーションマップ】はイタリア在住歴の長い安西洋之さんが提唱するローカリゼーションマップについて考察する連載コラムです。更新は原則金曜日(第2週は更新なし)。アーカイブはこちら。安西さんはSankeiBizで別のコラム【ミラノの創作系男子たち】も連載中です。