最強のコミュニケーション術

コロナストレス、発散のつもりで実は増幅させている行動

藤田尚弓

 伝え方や言い回しを変えると、自分を取り巻く環境が変わり、やってくるチャンスも変わっていきます。皆さんは自分のコミュニケーションに自信がありますか? この連載ではコミュニケーション研究家の藤田尚弓が、ビジネスシーンで役立つ「最強のコミュニケーション術」をご紹介していきます。

 第17回は「不安と怒り」がテーマです。人間はストレスにさらされるとネガティブ感情を抱きます。新型コロナウイルスの国内感染者数は落ち着きを見せていますが、この先への不安や、配慮が足りない人への怒りを感じている人もいるかと思います。これらの感情が、コミュニケーションにどんな影響を与えるのか。注意点と対処法をご紹介します。

 騒音で通報3割増 私たちは怒りやすくなっている

 警視庁が受理した騒音に関する通報は、昨年の同じ時期に比べて3割近く増えているそうです。筆者も先日、公園で口論している人たちを見かけました。通りかかった高齢の男性が若い男性のグループに注意をしたという文脈のようで、「注意」ではなく「攻撃」という表現のほうが合うようなコミュニケーションスタイルが用いられていました。複数の人が通報したようで、警察官が駆けつける事態に発展してしまいました。

 対人トラブルの解決は、依頼や説得といった穏やかな手法から始められるのが一般的です。しかし、自粛のストレス、将来への不安、自分は正しいといった思い込みが強い人もいる現在の状況だと、プロセスを飛ばして強いコミュニケーションスタイルを選んでしまう人も増えているようです。「自粛警察」と呼ばれる、他社の行動の監視や批判をする人たちが強い伝え方をするのも「ストレス」「不安」「思い込み」の影響でしょう。

 衝動的に、攻撃的な伝え方をしたくなってしまう。そんなときの対処法としては、怒りを感じた行為を特別に悪いことではなく、「誰もがやってしまう可能性がある」と考える方法があります。しかし、怒り感情を抱えているときは、ゆがんだ知覚にとらわれているケースが多いものです。冷静に考え直すのは難しいといえるでしょう。

 現実的にできる方法としては、怒りを伝えるまでの時間を稼ぐことしかないと思います。数秒でいいので我慢をすれば、伝え方は少しマイルドになります。突発的な怒りは伝わりやすい性質を持っていますので、マイルドな言い方でも十分相手に伝わります。

 不快なだけで相手を「攻撃」 本人への悪影響とは

 攻撃型のコミュニケーションを私たちはどんなときにとってしまうのでしょうか。代表的なものに、他者の行動によって苦痛、不利益、不快感が継続的にもたらされたときというのがあります。それも「わざとやっている」といった意図が明確であること、「お互い様」だと思えない関係性であることなどの条件が揃った場合が多いでしょう。

 ところが、最近では不快というだけで攻撃型のコミュニケーションをとる人が増加傾向にあるようです。休業要請中に営業している飲食店に脅迫めいた張り紙をする行動、SNSでの過激な政治批判、著名人への誹謗中傷なども話題になりました。

 このようなコミュニケーションスタイルは対象者に苦痛を与えるだけでなく、やっている本人にもリスクがある行動といえます。その1つは、SNSへのネガティブな書き込みが、書き込んだ人の不快感情を増幅させてしまうことです。

 SNSへの書き込みはストレス解消にはならない

 対面で不安や怒り感情をぶつけていない人でも、SNSでネガティブな投稿をすることがある人は多いかも知れません。第一生命経済研究所の調べによると、怒り、悲しみ、寂しさなどの感情をツイッター上で投稿したことのある人は約50%。SNSはネガティブ感情を共有する場として機能しているようです。

 これは一見ストレス解消のように見えますが、SNSでの共有はネガティブ経験を低減してくれません。それどころか、嫌な気持ちを繰り返し思い返すことにより、ネガティブ感情を増大させるという研究もあります。

 夫婦喧嘩などで相手への不満を口にするうちに、余計に怒りが膨れ上がってくるという経験や、愚痴を言っているうちに余計に嫌な気分になったという経験は、皆さんにもあるのではないでしょうか。SNSの世界だけではなく、ネガティブな感情を繰り返すのは避けたほうがよさそうです。

 緊急事態宣言が解除され、また生活が大きく変わろうとしています。このような状況では、心に疲れが溜まりやすくなります。無意識のうちに心の中で、ネガティブな独り言をつぶやいている人もいると思います。ネガティブな思考になってしまったときは、他のことを考えるなどして、気分を変えるようにしてみてください。今は心の負担を軽くすることが第一です。しっかり向き合うのは、状況に慣れて心の負担が軽くなってからでも遅くはありません。

 出勤再開 部下の不満は聞かないほうがいい?

 自粛もストレスになったと思いますが、出勤を再開するという変化も心の負担になります。皆さんの職場にも、心に疲れが溜まっているように見える人が出てきている頃かと思います。「話を聞いて、楽にしてあげたい」と感じるかも知れませんが、筆者はネガティブな話題はあえて聞き出さないことをお勧めします。あえてネガティブな感情を反芻させるようなことは、まだ避けたほうがいい時期だからです。

 「不安はない?」といった質問をされると、私たちはその答えを探そうとします。本来であれば気にしないで済むようなことまで、上司からの質問をきっかけに探してしまうのです。そうなると、これまで不満に思っていなかったことまで、不満と認識するようになってしまいます。部下がどうしても話したいという場合は別ですが、今は希望や感謝など、不満以外のことに目を向けられるようアドバイスしたほうがよいでしょう。

 暗い話題を変えたいときのお勧めは「懐かしい話」です。社会の転換期には懐かしい話題が出てくることが増えます。懐かしい話題には気持ちをポジティブにしてくれる効果も期待できるので(※1)、困ったときに試してみてください。

 感情を表に出すことだけが解消法ではない

 ストレスにさらされたり、またそれが溜まったりすると「吐き出したほうがいい」と考えがちです。しかし、ストレスはネガティブ感情になって表面化することもしばしばです。発散しようと、その感情を「攻撃」に転嫁したり、何度も思い起こすことは決して効果的とはいえないことを覚えておきましょう。

※1 Wildschut,T., Sedikides,C., Arndt, J., & Routledge, C.(2006) Nostalgia:Content, triggers, functions. Journal of Personality and Social Psychology, 91, 975-993

藤田尚弓(ふじた・なおみ) コミュニケーション研究家
株式会社アップウェブ代表取締役
企業のマニュアルやトレーニングプログラムの開発、テレビでの解説、コラム執筆など、コミュニケーション研究をベースにし幅広く活動。著書は「NOと言えないあなたの気くばり交渉術」(ダイヤモンド社)他多数。

最強のコミュニケーション術】は、コミュニケーション研究家の藤田尚弓さんが、様々なコミュニケーションの場面をテーマに、ビジネスシーンですぐに役立つ行動パターンや言い回しを心理学の理論も参考にしながらご紹介する連載コラムです。更新は原則毎月第1火曜日。アーカイブはこちら