ミラノの創作系男子たち

欧州のクリエイティブな街 豊富な選択肢がクリエイターを後押しする

安西洋之

 会ったことのないクリエイターにオンライン上で、オフラインのようなインタビューをするのは至難の技だ。部屋の片隅にあるものを対話のスタートにすることが多いからだ。クリエイターが「ほんとうは見て欲しいが、自慢しているとは思われたくない」ものだ。それが画面のなかに映ってこない。

トンマーゾ・マルトゥッチ氏(C)Tommaso Martucci
ヨルダンで開催されたデザインワークショップでのトンマーゾ(C)Tommaso Martucci

 今回の主人公はミラノに現在いない。ドイツ北部の港町であるハンブルクで働くイタリア人デザイナーだ。ナポリの大学で学部を終えた後、ミラノ工科大学で修士課程をおさめる。その間、上海の大学に1年間留学し、そのまま当地で仕事。それからハンブルクのデザイン企業に勤めて4年近くになる。各地に旅することも多い。ヨルダンでデザインワークショップの講師もやる。

 画面以外のモノは見えないので、彼、トンマーゾ・マルトゥッチに次のような質問をのっけからしてみた。

1)ミラノを「クリエイティブな街」だと思うか?

 トンマーゾ:ミラノはグローバルにみてクリエイティブという点でリーダー的存在だ。

2)その回答の理由を教えて欲しい。

 トンマーゾ:その理由はイタリアの文化的背景が絡んでくる。ミラノにはクリエイティビティがファッションから建築、デザインのショールームから人々のライフスタイルのディテールや意識に至るまで根付いている。ミラノは地政学的に欧州全体の中心軸にあり、世界各地との往来が多い。クリエイティビティは多様性の表現とも言えるから、それに相応しい環境が整っていることになる。

3)ミラノとハンブルクで「クリエイティブ」の意味が違うとすれば、その点を指摘して欲しい。

 トンマーゾ:ハンブルクはまったく違うプロフィールだ。「自省的」な街で、何事も進展がゆっくりとしており、ミラノのようなスピード感覚はない。ハンブルクはドイツのローカル文化を代表しており、ミュンヘンの古典的雰囲気と極端をいって物議を醸しだすベルリンの間のどこかに位置づけられる。

 ただ、トンマーゾは次のように付け加えるのを忘れない。

 「ただ、ミラノのデザイン、ファッション、コンテンポラリーアート、スタートアップ文化ということについて限れば、ロンドン、パリ、バルセロナ、アムステルダム、ベルリンと比較して先を行っているわけでもない。というか、それぞれに独自の価値と目標をもって進んでいるので、優劣の問題にはならない」

 次にぼくがトンマーゾに投げかけた質問は「ミラノにおいて可能で、ハンブルクでできないことって何?その逆は?」というものだった。

 「う~ん、トリッキーな質問だ。何に焦点をあてるかによって変わってくる。一般的なレベルで捉えるなら、全ての街は違う。デザイナーとしてのぼくの場合、ミラノの方がハンブルクよりも活発に動いているとは言える。だから、イベントや企画ものに参加する機会がミラノの方が多い。そういうネットワークがハンブルクにはあまりないのだ。とにかく、2つの都市共にさほど大きなサイズではないが、市民の要請に答えるために、仕組みがちゃんと作られているとは言える」

 おっしゃる通りだ。ぼくのアプローチがまずかった。少し範囲を限って質問を重ねてみよう。彼はサービスデザインの領域での活動が多いので、サービスデザインにおける2都市の比較だったら、どういうフィードバックをもらえるのか?

 「そういうことなら、ハンブルクの方がよく機能していると言えるかも。規模がやや小さく、スピードも遅い。ミラノのレベルではないが、日々の細かいサービスは行き届いている。公共交通、銀行、行政サービスなどだ…つまりは、ドイツの効率性が可視化されているってことなんだけど」

 それではハンブルクのソーシャルライフはどうだろう。アートギャラリーで開催されるオープニングイベントにおける分野違いの人との交流とかは。

 「もちろん、それは世界のどこでもある。都市によって規模や数に違いはあるが、分野を超えたつきあいは必ずある。それとこの数年、ハンブルクでもモビリティに関するスタートアップは増えていて、テック系の人との交流も盛んだ。でも繰り返すけど、デザインのトレンドについて言えば、ミラノが圧倒的だ。ここハンブルクは大企業が主導する街だ」

 というところから、ドイツをクリエイティブやスタートアップ文化という観点で個人的に順位をつけてもらったところ、ベルリン、ミュンヘン、ハンブルク、フランクフルト、ブレーメンときた。

 これまで本連載ではミラノを舞台に書いてきたが(一度だけロンドンとの比較は書いたが)、欧州のなかでどのような位置にあるかがおよそ分かる。このような位置は、客観的な数字もさることながら、クリエイター本人が心躍る都市と主観的に感じられることが重要だ。

 メディアや研究機関が、どの都市がクリエイティブかいうランキングを出しているが、目的はクリエイティブではない人たちにはよく分からないテーマだから、いくつかの基準を編み出して比較している。しかし、クリエイター本人は、もっと嗅覚や縁で都市を選択している。あるいは仲間の評価だ。

 殊にEU市民は、圏内どの国でも自由に働ける。クリエイティブであることに忠実であろうとすれば、より誠実に生きられる選択肢が制度上はある。この選択肢の多さと実現性の高さが、トンマーゾのようなデザイナーの人生をバックアップする。

安西洋之(あんざい・ひろゆき) モバイルクルーズ株式会社代表取締役
De-Tales ltdデイレクター
ミラノと東京を拠点にビジネスプランナーとして活動。異文化理解とデザインを連携させたローカリゼーションマップ主宰。特に、2017年より「意味のイノベーション」のエヴァンゲリスト的活動を行い、ローカリゼーションと「意味のイノベーション」の結合を図っている。書籍に『「メイド・イン・イタリー」はなぜ強いのか?:世界を魅了する<意味>の戦略的デザイン』『イタリアで福島は』『世界の中小・ベンチャー企業は何を考えているのか?』『ヨーロッパの目 日本の目 文化のリアリティを読み解く』。共著に『デザインの次に来るもの』『「マルちゃん」はなぜメキシコの国民食になったのか?世界で売れる商品の異文化対応力』。監修にロベルト・ベルガンティ『突破するデザイン』。
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ミラノの創作系男子たち】はイタリア在住歴の長い安西洋之さんが、ミラノを拠点に活躍する世界各国のクリエイターの働き方や人生観を紹介する連載コラムです。更新は原則第2水曜日。アーカイブはこちらから。安西さんはSankeiBizで別のコラム【ローカリゼーションマップ】も連載中です。