働き方ラボ

「私は営業じゃない」という貴方は甘い 一流営業マンを観察してスキルを盗め

常見陽平

 「営業でトップの成績を目指すなら、人から営業を受けてみろ」--。新人時代、教育担当の先輩からそんなことを言われた。営業の現場で語り継がれる、サラリーマンの鉄則である。この言葉を真に受けて、まさに「不要不急」の商品、サービスを買ってしまったことは何度もあるのだが。

 とはいえ、この言葉は案外正しい。各社がどのような営業をしているのか、生きた事例として学ぶことができる。営業職はもちろん、それ以外の職種だったとしても、ビジネスで使えるトークなど、参考になる点が多々ある。いや、トークなどの表面的な部分だけでなく、どのように価値を提供するのか、他社との違いをどのように生み出しているのかなど、参考にできる点は多々ある。

 私がラッキーだったのは、会社員時代に「営業力が強い」と言われる企業を渡り歩きトップ営業マンたちの仕事を間近で見ることができたこと、物書きとして日本を代表する大企業から、ベンチャー企業まで取材し、やはり各社のトップ営業マンたちと接することができたことだった。ベタで抽象的な言葉だが「すごい人」たちがそこにはいた。神がかり的な営業をするため、顧客から崇め奉られ、毎回30分の遅刻をするにも関わらず日本を代表する企業から「お待ちしておりました…」と歓迎される営業、取引先の社長が銀行との商談をキャンセルして時間をつくるほどパートナーとして食い込んでいる営業、相手の一挙手一投足をメモして課題を抽出する営業、顧客企業の商品まで提案する営業、謝罪対応の際に1000万円の追加受注をとる営業など、まあ、凄い人たちを見てきた。顧客企業のTシャツをワイシャツの下に着て、プレゼンの最後に「私がついています!」と脱ぎ出す営業、顧客企業を理解するためにアルバイトする営業、クライアント企業の飲食チェーンが販売するおせち料理をかわりに売りさばく営業など、スレスレの人も多数目撃した。

 私がシビレた一流営業マン

 ただ、それだけでなく、プライベートな場で営業を受けることにより、その人のビジネススキルを盗んできた。これまた、自分を成長させるよい経験となった。やや自分語りになるが、私がシビレた営業についていくつかお伝えしよう。まずは最近、マンションの売却でお世話になった不動産流通会社(A社)のご担当の方をご紹介しよう。そう、今年に入ってから意識が高くなってしまい、自分のためにも家族のためにも「生き方を変えてみよう」と、都心に引っ越しをすることを決意したのだった。最初の会社を辞めたときの退職金を活用し、15年前に購入した墨田区の3LDKを手放すことにした。不動産売却見積もりサイトを活用し、5社に相談することにした。

 5社それぞれが、独自の色を打ち出していた点がまず興味深いポイントだった。こちらでどの会社に相談しているのかを伏せているのにも関わらず、ネットのPV数が他社よりも多い、地元の見込み顧客をおさえている、手数料の仕組みが違うなど、独自色を打ち出していた。その上で、それぞれの営業担当者が信用できそうかという勝負になるのだが、各社とも会社の強みだけでなく、各個人のタイプの違いもあり、どこにお願いするのかには悩んだ。A社に決めたのは、ネットに強いこと、写真撮影のためにハウスクリーニングをしてくれる上、レイアウトまで提案してくれること、さらには営業担当者が何度も社内表彰されたことのあるベテランで、しかも安心できる人だったからだ。

 ご存知のとおり、売却を決断した瞬間に新型コロナウイルスショックが直撃した。しかし、営業担当者は「必ず売れます」と断言してくれた。投資のための物件ではないため、住みたい人のための需要があるからだ。築15年だが、間取りや設備など物件としての魅力も大きいと語ってくれた。さすがに、緊急事態宣言が発令されてからは、物件のPV数も落ち込んだが、解除になる前後から問い合わせが入り、二組目の内覧者の方への売却が決まった。良い縁に感謝している。感動した。

 私自身、新型コロナウイルスショックに対して、極力冷静になるようにしていたが、少なくとも私生活においては、やや動揺していたのだろう。物件には魅力があったし、ニーズはあった。

 フランス車は想定外だった

 以前、人生における2台目のクルマを購入した際の営業担当者も、シビレる営業だった。それまでドイツ車に乗っていた私にとって、フランス車はまったくの想定外だった。なんせ、壊れやすいのではないかというイメージを抱いていた。興味本位で、話を少し聞くだけというくらいの軽い気持ちで資料請求をした。しかし、彼は私のフランス車に対する誤解を一つ一つ丁寧にといていった。さらに、私のライフスタイルをヒアリングし、「このクルマならホテルの前でも、山でもかっこいいですよ」という決めセリフを発したのだった。不安を解消し、納得感を高める営業だった。結局、その後に買い替えた1台も含め、10年近くフランス車に乗った。

 営業担当者以外の方なら、逆にビジネスの場において他社の営業を受けることがあるだろう。これもまた、学びの場である。どのような価値を提供するか、どうすれば納得感が得られるか、どのようなトークでプレゼンするのか。「いや、私、営業じゃないし」というあなたは甘い。これもまたサラリーマンの人生訓で「すべての仕事は営業である」というものがある。実際にモノを売るという仕事をするわけではなくても、何か価値を提供し、納得してもらうという点は変わらない。自分がどんな価値を提供しているのか。考えてみよう。

常見陽平(つねみ・ようへい) 千葉商科大学国際教養学部准教授
働き方評論家 いしかわUIターン応援団長
北海道札幌市出身。一橋大学商学部卒業。一橋大学大学院社会学研究科修士課程修了。リクルート、バンダイ、クオリティ・オブ・ライフ、フリーランス活動を経て2015年4月より千葉商科大学国際教養学部准教授。専攻は労働社会学。働き方をテーマに執筆、講演に没頭中。主な著書に『なぜ、残業はなくならないのか』(祥伝社)『僕たちはガンダムのジムである』(日本経済新聞出版社)『「就活」と日本社会』(NHK出版)『「意識高い系」という病』(ベストセラーズ)など。

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