法のはざまで守られない「名ばかり事業主」 残業代支払い、休業補償も対象外
実態は会社に働く場所や時間を決められた「労働者」なのに、契約上は個人事業主と扱われる「名ばかり事業主」をめぐる矛盾が表面化している。会社側から労働法規上の労働者として扱われないため、社会保険加入や残業代支払いなどは対象外とされ、新型コロナウイルス禍では、会社指示で休んでも休業手当が支払われなかったり、国の事業主向け支援制度を迅速に受けられなかったりする弊害も。専門家は「実態に合った労働契約を結ぶべきだ」としている。(杉侑里香)
「法のはざまの存在」
「企業にとって都合がいい制度かもしれないが、法のはざまで誰にも守られない存在ということです」
6月上旬、大阪市内で記者会見した労働組合「ヤマハ英語講師ユニオン」の清水ひとみ執行委員長は、名ばかり事業主の置かれた環境をこう表現した。
清水さんらは楽器大手ヤマハの子会社「ヤマハミュージックジャパン」(東京)が全国展開する英語教室の講師。講師は約1200人いて、会社が指定した場所や時間、教材で教えるなど働き方は一般的な労働者と変わらないが、1年ごとの委任契約を結ぶ個人事業主だ。
講師らは、労働者であれば保障される残業代支給や最低賃金、有給休暇取得などの制度は適用外という。労働基準法では労働者について「事務所などに使用される者」としている。こうしたこともあり、契約上は個人事業主である講師らは、これらの保障が受けられない扱いをされていたようだ。
コロナでも影響
この実態に疑問を抱いた一部講師は平成30年12月、同ユニオンを結成。会社側と団体交渉に臨んでいたが、その最中にコロナ禍が直撃した。
多くの教室は今年2月から5月にかけて会社の指示で休講。労基法ではこうした場合に休業手当を支払うよう定めているが、清水さんらは個人事業主のため適用されず、得られたのは数千~数万円の見舞金のみだった。
さらに、会社側が講師らの確定申告の負担軽減などのため給与所得者として扱っていたため、個人事業主を救済する国の「持続化給付金」の対象からも漏れていた。国が5月下旬に方針変更し、受給できるようになったが、支給は大幅に遅れる見通しだ。
こうした中、会社側は講師との委任契約を見直し、4月、直接雇用する方針で大筋合意した。大手企業が個人事業主との契約を改め、直接雇用に踏み切るのは異例という。
同ユニオンを支援する清水亮宏弁護士は「名ばかり事業主として働いていた人たちが労働組合を結成して会社と交渉し、雇用化を勝ち取ったのは画期的」と指摘。「労働者のメリットだけでなく、会社としても長期的な人材育成や確保につながる先例になれば」と期待を込める。
紛争相次ぐ
名ばかり事業主は、厚生労働省にも統計はなく実態は不明な点が多いが、働き方の多様化に伴って配達員や運転手、美容師、IT技術者、塾講師など幅広い職種で広がり、珍しい働き方ではなくなっている。
直接雇用と異なり保険料や残業代を払う必要がない個人事業主との契約は、会社にとっては人件費負担の軽減につながる。個人事業主にとっても本来は、自由な時間の使い方や仕事の進め方ができる利点がある。だが「名ばかり」となるとそのメリットが一切ない。
こうした実態を問題視し、紛争となるケースが近年相次ぐ。
ホテルチェーン「スーパーホテル」で個人事業主として働いていた元支配人らは、事実上ホテル側の指揮命令下で働き、長時間労働を余儀なくされたとして5月、労働者としての地位確認と未払い残業代などの支払いを求め東京地裁に提訴した。ヨガ教室大手「ヨギー」講師らは6月、コロナ禍の休業補償を求め、東京都労働委員会への救済申し立てを表明した。会社側は個人事業主であることを理由に、補償を支払わなかったという。
宅配サービス「ウーバーイーツ」でも昨年、配達員が労働組合を結成して会社との交渉に臨もうとするなどの動きがあった。
労働問題に詳しい松丸正弁護士は「名ばかり事業主は会社側が都合の良い働き手として使っていることもあり、長時間労働や過労死にもつながりかねない。実態に合った労働契約を結ぶ動きが、より広まるべきだ」と話している。